清宮書房

人生の大半を過ごしたとも言える昭和を自分なりに再検討し、今を見てみようとする試みです。

天児慧著「中国のロジックと欧米思考」、熊倉潤著「新疆ウイグル自治区」を読んで

天児慧著「中国のロジックと欧米思考」、熊倉潤著「新疆ウイグル自治区」を読んで

 

再々の投稿

1.天児慧著「中国のロジックと欧米思考」

 

 中国政治、東アジア国際関係論の泰斗である、天児慧氏による中国政治の思想と行動、並びにその伝統思考を掘り下げた著作です。現ロシアのウクライナ侵攻前の昨年12月に発刊されましたが、今後の日本の在り方をも言及されており、私は極めて参考になりました。何時ものことですがその全体を紹介するものではありません。私なりの理解で紹介いたします。第一章・民主と統治、第二章・政治文化から考える中国の権威主義、第三章・国家・民族と秩序の見方、以降、第四、第五、第六と続き、第七章・新たな「影響圏建設の試み」、終章・秩序と民主主義、そして、「あとがき」の構成となっています。

 

 現代中国は20世紀末から今日に至るまで、経済の躍進、軍事力の巨大化、ハイテク技術の飛躍的な発展など、世界を圧巻し震撼させ、20世紀世界のナンバーワンをほしいままにしてきた米国から、主役の座を取って代わらんとする勢いを見せ続けているわけです。そのパワーの源は欧米の哲学、制度、科学技術にもよるところが大きいが、中国独自の人間観、世界観、政治・経済・文化などの見方によるところも少なくない。

 「中国は世界をどこに向かわせようとしているのか。・・我々の生存・生活にまで関わってくるような根本的な問に向き合うようになっている。」と著者は記しています。そして、自らの問として、第一に、中国に民主主義はあるのか、第二に、権威主義とはなにか、第三に、中国にとって「国家とは何か」、第四に中国はなぜ、「中国型」「中国式」「中国の特色ある」といった言い方にこだわるのか。

 

 著者は長きにわたる春秋戦国の混乱期に登場した「儒教の核心」を説き起こします。そして、毛沢東以降の具体的な事例を概観し、今日の習近平時代において、米国イニシアテイチブに露骨に挑戦し始めた中国が今後どのような道をたどるのか、その可能性を論じていきます。西欧と中国の「共通性」と「異質性」の問題、西洋と東洋に思想的共存が可能なのか否かを考察していきます。

 

 そして急遽、現れたロシアによるウクライナ侵攻はどのように推移していくのか。その推移・結果は中国の台湾への対応、「一帯一路」建設の今後の取り組みにも大きな影響を与るのではないでしょうか。

 

 喫緊のロシアのウクライナ侵攻問題に加え、日本に関わる尖閣や南シナ海問題、香港問題。更にはウィーグル他少数民族への弾圧がもたらす今後の影響。加えて、ここに来て緊張感を急激に増した中国の台湾侵攻の可能性。日本のとるべきこと、あるべきことは何か、著者は論述しています。長きにわたる春秋戦国の混乱期に登場した「儒教の核心」につき、以下のように記しております。

 

儒教の核心とは

 

 「いかに良き統治を実現するか」という命題に答えることであった。そして良き統治の核心は良き指導者をいかに作るかであって、良き制度を作ることではなかった。

 そこで留意することは、儒教思想においては統治する治者と被治者が基本的に分離させられていること。民が自治能力を持たないから、やむを得ず聖人君主が民を治め、民が自治能力を得た後に、完全な自由を許すのだ。孫文の民主主義も、無条件に西欧の民主主義を取り入れたわけではなく、いわゆる「指導された民主主義」なのです。従い、「『中国型の民主主義』とは、何よりも『党の指導』という大きな傘のもとに機能しているのであり、党の指導に反発する民主主義は秩序を乱す『反革命』、『反乱分子』とみなされた。したがって党幹部選出の手続きにおいても、参加者の自由の話し合い、推薦、選挙などによって決められるものではなく、党幹部の意向によって事実上の代表が決定されるのである。」(本書35頁)

 

中華民族の偉大な復興

 

 中国で「民主主義」の声が小さくなっているのに対し、ポピュリズムの声が高まっていると言われる。その頂点には「中華民族の偉大な復興」を叫び続ける習近平国家主席が存在する。(本書84頁) 

 

 一方、「中華民族」という言葉自体は古から存在していたものであったろうか。「中華民族」という言葉は、わずか100年ほどの前の中華民国成立前後に、生まれたばかりの新語でしかなかった。しかも観念的にしか存在せず、実体を伴うものではなかった。

 「チベット族、ウイーグル族といった少数民族が漢族による支配の強化に対する『異議申し立て』を行った場合、共産党当局は、しばしば徹底的に力づくで押しつぶす。また他国からの『批判の声』に対しては、内政干渉として激しく反発し、あるいは尖閣諸島や南シナ海の南沙・西沙における領土領海問題に対して、『自国の固有の領土領海』として頑なに、強固な態度で終始している。それこそが現在の中国の『愛国主義』となる。あたかも強烈な民族国家、国民国家として中華人民共和国が存立しているかのようであり、この指導者達は強固な国家主義者であるかのようである。」(本書98頁)

 

長期政権への野望・習近平政権の「一帯一路」の戦略

 

 近代史において列強の侵略に屈辱・苦渋を飲まされた中国が、猛烈な勢いで台頭し、他国を圧倒する今日、多くのエリートたちがそのような思いに駆られること理解できないわけではない。「・・(中略)そして習近平になって、はっきりと大国外交ということを言うようになった。そこで言うのは親・誠・恵・溶といった漢字による表現は、基本的にはすべて儒教の考え方であり、習近平自身で中国語を使って、中国語の概念を少しずつ外に広げていく。それがいわば中国的世界を全世界に拡大するという意図であったと思われる。これは『一帯一路』の推進にも関連してくることであり。・・(中略)『一帯一路』構想は単に対象地域の経済的発展戦略ではなく、安全保障を含めた安定的な共同空間の構築を目指したものである。『一帯一路』構想の目標は、米国一国覇権の国際秩序を打破し、中国のイニシアテイブの新たな国際秩序=習近平の言う『人類運命共同体』の構築を目指すものであった。・・(中略)この構想は習近平が叫んだ単なる政治スローガン、あるいは『絵に描いた餅』で終わってしまうのか。これから5年ほどの期間が真価を問われるとても重要な時期になってきているのではないだろうか。」(本書202~221頁)

 

台湾侵攻の可能性とシビアな危険

 

 私なりに要約しますと、

 

 習近平指導部が、民主主義よりも中国式権威主義の方が政治体制として優れているとアピールしているが、本当にそうなのだろうか。台湾問題の背景として、第二期習近平政権が2022年に終了し、第三期に継続するために、台湾統一の優先順位を上げていると考えられ、第3期が終わる27年までに具体的な行動をとらざるを得ないと考えるからである。第二の背景として、「米国フア-スト」を掲げ様々な国際機関から撤退し、米国イニシアテイブを弱体させてきたトランプ政権、及びその後の米国における一連の政治混乱・現状は中国的発想から言えば権力の弱体化、もしくは混乱は、中国介入のチャンスなのである。

 

 その事例として、日本に対し2010年から12年の「尖閣諸島をめぐる中国の大攻勢」を想起すればよい。2010年は大量の中国漁船の尖閣諸島への結集・威嚇があり、2012年には国有化せざるを得なかった民主党政権に対し、中国国内における戦後最大規模の反日暴動を仕掛けた。これらの攻勢が自民党政権の敗北、民主党政権(親中的政権であったにもかかわらず)誕生という政党政権の弱体化の最中に起こったことがポイントである。

 

 一方、香港をめぐる中国の過剰なまでの強硬弾圧に対して、批判がかなり深刻な状態になっており、その波に乗って、台湾の蔡英文政権は20年1月の台湾の総選挙で圧勝し、「台湾は一国二制度はとらない」と早々と習近平のシナリオを拒否した。この10年ほどの香港、台湾の動向は中国にとって予想を超えて厄介な問題となった。方や、台湾侵攻で中国がイニシアテイブを発揮できるのは、短期決戦の場合のみで、ロシアのウクライナ侵攻に鑑みても、中国は自らの経済への影響、厳しい国際世論、国内混乱の問題も生じるであろう。方や、短期決戦で勝利する可能性も、大きくはない。

 

日本の役割

 

 「力の信奉者」が警告を無視して、力を行使した場合のことである。相手側の武力行使に対して、極めて迅速に行動を起こし、初期の段階で抑止を実現することである。「極めて迅速な行動」の主体は、米国の強力なサポートを受けた台湾自身であるが、日本も「台湾における日本権益、日本人保護」のため、さらに民主主義・人権擁護のために何らかの形で積極的で迅速な支援が求められるだろう。それに対しては。日本は躊躇しない姿勢を明確に示すべきである。そのことが「抑止」にもなるからである。

 

 必要なことはリアルな国際関係の現状を考えるなら、現状ではパワーを軽視する所謂「平和主義」は、リアリズムに徹する中国当局につけ入る隙を与える。日本なら日本、といった個々の国が自立できる最低限のパワーを持つことである。現状では行使するか否かは別として、日米安保を軸とした強固な防衛・抑止システムを作っておくことが必要である。そして、国際社会、相手国に必要とされる国になる努力を惜しまないこと。東南アジアなどミドルパワーの国々に対しては、特に経済発展のための技術と資金の提供、新たな経済発展枠組みや平和秩序の構築におけるミドルパワーを結集する、リーダーシップの役割を果たすことである。と記しております。(本書242~255頁)

 

 (米軍基地があるから日本は攻撃を受けるという論者もいますが、今日のロシアのウクライナ侵攻は軍事基地云々とは大きく異なる現実を我々は学んだはずです。加えて、日本政府が現在進めている、価値観を共有する欧米各国との連携をより強めることが必要なのです。)

 

欧州思想と中国思想の相違点と共通点

 

 第一に人間観である。ヨーロッパでは、一神教のキリストの下に、人間は皆平等である、という考え方が基本となっている。しかし政治的なものとしてみれば、ヨーロッパでは人間は主体的に参加する政治的動物との、考え方が基本であった。方や、中国では古くから「治者と被治者」に分ける考え方があり、今日の共産党統治下でも建前上はともかく、実態としてはこのような区分論は生き続けている。と著者は記しています。

 

2.熊倉潤「新疆ウイグル自治区・・中国共産党支配の70

 

 著者は1986年生まれの、ソ連、中国政治史を専攻とされる国際政治の専門家です。本書は2022年6月25日に発刊されました。

 

 新疆ウイグル自治区は中華人民共和国の西北部に位置し、国土の約六分の一もの広大な面積を占める。そこに約2,500万人が暮らしている。自治区の中央を東西に天山山脈が走り、北側にジューンガル盆地、南側にタリム盆地が存在する。タリム盆地の西にはパミール高原が、南側に崑崙山脈がそびえる。タリム盆地の西にはパミール高原が、南側には崑崙山がそびえる。タリム盆地中央部には、タクラマン砂漠があり、その外縁部には、緑豊かなオアシス都市が点在する。

 

 こうしたオアシス都市で歴史的に豊かな文化を育んできたのが、ウイグル人である。ウイグル人は民族的にはテュルク系でトルコ人などと同じ系統に属する。宗教的にはイスラムを信仰するムスリムであり、中東イスラム世界と文化的に強い紐帯で結ばれる。こうした民族的、宗教的特徴から、ウイグル人はウズベク人、カザフ人などと並んでテュルク系ムスリムの一角に数えられる、と著者は記しています。

 

 1955年に自治区が成立した当初、中国共産党は少数民族の「解放」を謳った。しかし習近平政権のもと、ウイグル人らへの人権侵害は深刻さを増している。なぜ中国共産党は多くの人々を「教育施設」へ収容するといった過酷な統治姿勢に転じたのか。

 著者は新疆出身の現地民族幹部の地位低下と、内地からきた漢人幹部の強権化の過程に着目しながら、中国の新疆統治の歴史を綴ります。1949年の新疆「解放」以来、現在に至るまでの約70年間に、少数民族の「解放者」を自認していた中国共産党は、少数民族を収容し、改造する政治権力に変容を遂げた。「解放」から今に至る、新疆の歩みの記述です。

 

 現中国共産党政権におけるコロナ発生と、その後のコロナ禍に対する有り様。加えて、ロシアのウクライナ侵攻に対する現実に鑑み、天児慧「中国のロジックと欧米思想」と並び、熊倉潤「新疆ウイグル自治区」の両書はとても参考になりました。今回も単なる私なりの感想を入れた紹介に過ぎません。両書の一読をお薦め致します。

 

 方や、今また、統一教会問題の報道に明け暮れる我国のメデイアを憂うるのです。以前は「言論機関」という言葉がありましたが、いつの間にか「言論機関」という言葉がなくなりました。メデイアはしきりに国民、国民と称しますが、それは単に商業主義におかされた報道・番組で、それに影響される人々と、結果的な揺れ動く政府・政権です。私は改めて、中国共産党政権の実像・現実、及びその先行きを考えると共に、深刻な平和ボケの我国の現実を考え、今回の投稿となりました。

 

2022年8月25日

                        淸宮昌章

 

参考図書

 

 天児慧「中国のロジックと欧米思考」(青灯社)

 熊倉潤「新疆ウイグル自治区・・中国共産党支配の70年」(中公新書)       

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