清宮書房

人生の大半を過ごしたとも言える昭和を自分なりに再検討し、今を見てみようとする試みです。

近況のこと

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近況のこと

 

 ここのところ、体調が今ひとつで、読まなければならない本が溜まる一方です。取り寄せた楊継縄著「文化大革命五十年」、並びにフランク・デイケーター著「毛沢東の大飢饉」も大著で読み応えはあるものの、まだ読み終わっておりません。尚、「文化大革命五十年」はその細部に亘る詳述に私としては、かえってその事実の信憑性に疑問をもいだきます。がいずれにもせよ近いうちに、他の溜まり続けた本をも読み込み、私なりの感想など合わせ記したいと思っております。

 

 また、今年一月に取り上げ、投稿した牧野邦昭著「経済学者たちの日米開戦」が数日前の報道では、第20回読売・吉野作造賞に決まったとのことです。さもありなんと思います。

 

 淸宮書房を始めて4年3ヶ月になります。そのブログは申しわけありませんが、超長い駄文で、お読み頂けないだろうと考えておりましたが、お陰様で、最近はアクセスも増え、30,000台になりました。加えて、60数編の投稿の内、注目記事として一位から五位に上げられた投稿に取り上げた本は私にとっては難解であり、理解不足の感も否めませんが、極めて興味深く、感銘を受け、自分なりの感想なども織り込むことができた投稿かなと思っております。度重なる宣伝で恐縮しますが、改めて下記の通りご紹介致します。

 

1.

佐伯啓思著「『アメリカ二ズム』の終焉』の投稿を省みて

http://kiyomiya-masaaki.hatenablog.com/archive/2019/05/02

 再々の拙稿にあたって 佐伯氏の著作については、今から4年ほど前になりますが、私がニューヨーク駐在時代(1978年~1984年)にお世話になった信託銀行の支店長(帰国後は副社長)に「日本の愛国心」を紹介され、深い共感を覚えました。そして、2016年7月に「日本の愛国心」の投稿となりました。その後も、「日本という価値」、「日本の宿命」、「正義の偽装」、「さらば資本主義」、「さらば民主主義」、「反・民主主議論」、「経済成長主義への決別」「従属国家論」等々と、次々と氏の著書を読み進めました。 2017年3月に「反民主主義論」、同年5月に「アメリカニ

2.
佐伯啓思著『「保守」のゆくえ』を読んで思うこと

http://kiyomiya-masaaki.hatenablog.com/entry/2018/05/14/165753

 ここのところ、個人的事象につき、数本の投稿をしてきました。今回は本来の軌道に戻り、読書後の私の感想など記して参ります。 佐伯啓思氏の著作については、今まで「淸宮書房」で「日本の愛国心」、「反民主議論」、「アメリカ二ズムの終焉」、「現代民主主義の病理」、「西田幾多郎 無私の思想と日本人」を取り上げてきました。掲題の「保守のゆくえ」は氏の『「脱」戦後のすすめ』に続く後編ともいうべき著作です。今年1月21日に自裁された氏の永年の友人である西部邁の「保守の精神」をできるだけ継承したいとの思いで書かれたとのことです。私としては、佐伯氏に僭越ながら…

3.
故・西部邁氏の自裁に思うこと

http://kiyomiya-masaaki.hatenablog.com/archive/2018/04/17

  この4月8日に投稿した「三年前を振り省みて」の中で、何故か急ぎ、西部邁氏の自裁直前の二作である「保守の遺言」、「保守の真髄」と「虚無の構造」を読み進め、近いうちに私なりの感想など纏めたい、と記しました。加えて、4月13日に、二年前の投稿「安全保障関連法案の施行について思うこと」の冒頭に、「再投稿にあたって」を加え、氏の視点の一端を紹介したわけです。故・西部邁氏に関心もあるのでしょうか、皆さんから、それなりの反応を頂いております。 因みに、最後の著作「保守の真髄」のその「あとがき」の日付は2018年1月15日、著書の発刊は2月27日。そして、自裁は1月21…

4.

再度・堀田江理「1941 決意なき開戦」を読んで

http://kiyomiya-masaaki.hatenablog.com/archive/2016/09/29

 テレビ等で報道される街の人の主語が「私」でなく、「国民」としてとか、「都民」としてと、話されることに私は違和感を持っていると記していました。偶々、1991年に逝去された山本七平の「戦争責任は何処に誰にあるか」に次のような指摘があり、この現象は今に始ったことではないのだな、と思ったところです。それは次の文章です。 戦後のようにテレビ・ラジオが普及し新聞・週刊誌等があふれると、いわゆる新鮮な「庶民感覚」がなくなり、すべての人が定型的インテリ的発言をするようになる。さらに意見がマスコミの口まねであるだけでなく、マスコミが怒れば怒り、非難す…

5.
阿南友亮著「中国はなぜ 軍拡を続けるのか」他を読んで

http://kiyomiya-masaaki.hatenablog.com/archive/2019/03/16

  2019年3月2日の日経新聞の「米、WTO改革で提案」に記事によれば、スイスのジュネーで2月28日に開かれた世界貿易機構(WTO)の一般理事会で米国が中国などを念頭に、経済発展を遂げた国は「発展途上国」としての恩恵を受けられなくする規定の導入を提案したとのこと。仮に中国が途上国でなくなれば通商交渉での立ち位置は大きく変わり、中国は反対しているようです。「月の裏側にロケットを飛ばした国を誰が途上国とみなすだろうか」と米国代表は中国を皮肉ったようです。方や、中国の習近平国家主席は2018年11月、パプアニューギニアで開かれた太平洋経済…

 

 2019年6月10日

                        淸宮昌章



 

佐伯啓思著「『アメリカ二ズム』の終焉』の投稿を省みて

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佐伯啓思著「『アメリカニズム』の終焉」の投稿を省みて

 

再々の拙稿にあたって

 

 佐伯氏の著作については、今から4年ほど前になりますが、私がニューヨーク駐在時代(1978年~1984年)にお世話になった信託銀行の支店長(帰国後は副社長)に「日本の愛国心」を紹介され、深い共感を覚えました。そして、2016年7月に「日本の愛国心」の投稿となりました。その後も、「日本という価値」、「日本の宿命」、「正義の偽装」、「さらば資本主義」、「さらば民主主義」、「反・民主主議論」、「経済成長主義への決別」「従属国家論」等々と、次々と氏の著書を読み進めました。

 

 2017年3月に「反民主主義論」、同年5月に「アメリカニズムの終焉」、11月に「現代民主主義の病理」、12月に「西田幾多郞 無私の思想と日本人」、つづいて、2018年5月に「『保守』のゆくえ」を取り上げ、私なりの感想などを交えた投稿を致しました。氏は次々と著書を発刊されておりますが、本書「アメリカニズムの終焉」は現代文明の本質を見据えた論及であり、諸著作の原点とも言うべきものかなと、私は考えております。掲題の本書の初版は1992年で私の本棚に長い間、眠っていたのは1998年版です。尚、今回取り上げた本書「アメリカニズムの終焉」は2014年版の中公文庫によるものです。いずれにもせよ、20数年前の著作とは、とても思えず、現代そのものへの鋭い洞察がされております。今日、そして今後の日本を改めて考える上で極めて貴重な著作と私は考えております。

 

 尚、この4年間で投稿は61件になりますが、佐伯氏については今回で9回目になります。次に多いのは戦艦大和吉田満に関する7回の投稿です。方や、山本七平も幾度となく取り上げていますが、私が佐伯氏をどれだけ理解できたかは問われるものの、佐伯氏に強く影響を受けている証左でしょうか。

 

 本投稿は昨年5月に再投稿した原稿に、今日の日本の現象等々も新たに付言し、若干の修正をしましたが、本論には何ら変更はありません。

 

はじめに

 

 揺れ動くヨーロッパ諸国、英国のEU離脱の如何、宗教・民族対立、各国各地で頻発に起こるテロ、アメリカ第一主義を唱えるトランプ大統領の出現とその動向。方や、かっては想定さえしていなかった中華大国の復権を図るべく、止めどもなく進める軍拡、加えて世界第二位のGDP経済大国を誇る中国共産党独裁政権の現実。そして軍事大国のロシア。更には、非核化で統一ができるとは考えられない、反日思想がより強まる朝鮮半島の国家の現状は、日本に新たな問題と課題を突きつけてくるでしょう。そうした戦後の、又地政学的にも大きく変貌した状況に日本が置かれているなかで、われわれは何が必要なのか、何が欠けているのか、何を考え、そして行動に移していかなければならないかが、正に問われていると、私は考えております。

 

 佐伯氏はその基になるのが思想であると指摘しております。残念ながら、現代ほど「思想」が力を失っている時代もない。その思想とは、とりたてて人々をかりたてるイデオロギーと解することでも、また人間存在の深遠まで達する世界観とみなす必要もない。それはもっとゆるやかな形で世界を解釈するヴィジョンであり、そこからわれわれの行動の指標をつむぎだせる、ある程度の整合性をもった知識の体系である、と本書で記しています。片や、氏は近著「『保守』のゆくえ」のなかで、今や知識人は何をすればよいのか、誰も確信を持って述べることはできない。代わって登場した専門家と称する人々には近代を生み出した「個人の内面」への追求をするというものはない、と指摘しています。果たして日本には思想という視点・観点がなくなってしまったのでしょうか。

 

 我国の現実はどうでしょうか。テレビ等のマスメデイアに現れるのは、少し前迄は森友学園の国有土地払い下げの問題、加計学園獣医学部新設に関する忖度問題、つづく19日間に亘る野党の国会出席拒否。最近では識見と緊張感は欠いたと言わざるを得ませんが、民主党政権時代の復興大臣・松本某氏の災害地の知事の方々への卑劣極まる対応とは大きく異なる、オリンピック担当大臣の辞任、国会論議の有り様、その報道。緊迫した国際情勢を全く無視した、謂わば平和ボケの最たる状況と言わざるを得ません。

 

 1920年代の大阪の松島遊郭の移転に関して、土地会社と政治家の間に不正な利益があったとした「松島遊郭事件」、更には1930年代後半の「帝人事件」を想起するのです。いずれも無罪となる、全くのでっち上げの事件ですが、「帝人事件」では内閣が倒れます。今回の忖度問題等々に関しても検察も動いていない状況下の中、野党、マスメデイアが独りよがりの正義を振りかざし、唯々、現政権を倒す為だけに暴れ回っている異常の現状としか、私には思えないのです。私は改めて、マスメデイアに作り出された世論と称するものに、時の政権が翻弄され、そして開戦・敗戦につながっていった戦前・戦中の、謂わば「空気」を想起するわけです。

 

 果たして日本は楽園にいるのでしょうか。日本の防衛と軍事力がアメリカに委ねられていること。北朝鮮の国家権力により、この日本国土から拉致された日本人家族を救う為に、アメリカに頼まざるをえない現状等々は果たして日本は主権国家と呼べるのか。国を守る、国民を守るとは何なのか、少なくともそのような視点・観点の論議はあってしかるべし、と私は思っているのです。成文憲法の形態をとる国にあって、戦後70数年に亘り、その憲法を一字一句も修正しない国はあるのでしょうか。同じ敗戦国のドイツでも、世界の現状に鑑み何度も見直し、修正をしているのです。現憲法を不磨大典の如く扱う、この現状は、私にはむしろ異常と映るのです。戦中、天皇ハアシズムを生み出したのは天皇ではなく、当時に漂う「空気」によるものだった、とのこと。令和元年の初頭に当り、改めて平和を願うことは必要です、何ら問題はありません。ただ、願うだけでは平和にはならないと考えます。

 

その1.本書の序論

 

 社会が、その根底に変化しがたいものをもっているのは当然のことである。日本社会が、とりあえず「日本的」としか言いようのない、この国の社会や文化、歴史の文脈の中で作られてきたものを保持しつづけているのは、善し悪しは別にしても当然のことであろう。問題は、その「日本的なもの」が何であり、どのような意味を持っているのか、それを解釈する術を戦後の日本が失ってしまったということであろう。・・(中略)戦後日本は、アメリカ的なもの、あるいはアメリカ的文明を常に参照枠とし、思考の基軸に据えてきたということだからである。このアメリカ的なものが、われわれの生活のどこまで浸透したかという判断はまた別のことなのであり、われわれがここでいう「アメリカ二ズム」に常にモデルを求めてきたことは事実なのである。これはしばしば、ほとんどそうとは気づかない無意識のレベルにおいてそうであった。そして今日、グローバルの名のもとに、市場経済の世界的、普遍的な展開が唱えられるが、このグローバルこそまさにアメリカ二ズムの帰結にほかならない。・・(中略)「『アメリカ二ズム』の終焉」という本書の題名は、アメリカの覇権の後退といったようなことを意味しているわけではない。私はアメリカ型の文明(そしてそれは必ずしもアメリカ社会そのものと同じでない)がもたらす危険性について述べたかったのであり、アメリカ的なものに示される「超近代主義」が亀裂をあらわにし、もはやうまく立ち行かなくなるだろう、と述べたのである。そしてその見解は、アメリカの経済的覇権が再び確立されたかに見える今日でも変わらない。それどころか、本書でいうアメリカニズムは、ますます世界的な規模で不安定性を高めていくのではないか、と思われるのである。(文庫版本書19,20頁)

 

 如何でしょうか。トランプ大統領を生み出した現在のアメリカ社会、英国のEU離脱問題、揺れ動くEU諸国等々の現状を考えるにつき、私は氏の洞察力に感動さえ覚えるところです。今回も本書の全容を紹介するのではなく、私が共感を覚え、私なりに理解し共感を覚えたこと、特に第四章・「『アメリカ二ズム』の終焉」の章を中心に振りかえ、考えたいと思います。

 

その2.19世紀のヨーロッパ時代

 

 20世紀にアメリカが圧倒的な軍事力と経済力をもって多国を牽制し、それなりの国際秩序を作り出したといわれるが、その前に19世紀のヨーロッパを見ておくことが必要としています。即ち、「パックス・ブルタニカ」からアメリカに覇権が移った時、それは軍事力と経済力だけの問題だったのではない。即ち、力の相対関係だけの問題ではなく、それは「近代」の質的変化であり、「近代文明」というものの断層があった。そして、そのことは「パックス・アメリカーナ」への移行に際しても言えることなのだ。

 

 ヨーロッパの歴史を貫くものは、異質な民族、生活、言語、文化、宗教の対立と依存が、いかにヨーロッパの地理的、自然条件と深く重なっているか。そして、地理学的な条件の中で多様性を生み出し、それがヨーロッパの経済活動を生み出しただけでなく「政治」をも生み出した。ヨーロッパにおける政治の概念は、地理的なものと結びついた多様性と不可分なのであり、そして「地勢学」が「地政学」に転化するのである。そこには、神聖ローマ帝国が象徴したような、キリスト教という超越的な普遍性でヨーロッパを統一する、という中世の原理がほぼ崩れ去り、それにかわって主権国家間の国家間関係が登場するのである。

 

 加えて、フランス革命において合い言葉となった自由、平等、博愛、そしてイギリスからヨーロッパ各国に伝搬していったインダストリアリズム(産業主義)がもうひとつの価値になった。即ち、リベラリズム、デモクラシー、インダストリアリズムが近代社会を代表する価値である。加えて西欧の近代社会の形成を支えるもうひとつの重要な要素は「国民国家」の形成なのである。そして19世紀のヨーロッパを考えるとき、決定的な重要性を持っているのがリベラリズ(自由主義)の概念である。

 

 「リベラリズムという言葉が自覚的な意味を持って使われだすのは19世紀のヨーロッパである。この場合の自由の観念は、主として、個人的な意思決定、行動に対して他からの拘束が働かないぐらいの意味で、それゆえ、こうした個人的な自由を拘束する権力に抵抗することがリベラリズムの中核になる。ドイツやイタリアといった19世紀ヨーロッパの後進国にとっては、この権力はオーストリア帝国のような帝国の絶対的君主であった。それゆえ、リベラリズムの運動は同時に国家形成、独立の運動となったのである。しかし、個人的な意志や行動を拘束する権力は必ずしも絶対君主制の中から発生するとはかぎらない。リベラリズムは権力があるひとつのところに集中することを絶えず警戒する。しかしこの権力の集中ということはなにも絶対主義という形で起こるとはかぎらないのである。」(同83頁)

 

 方や、「デモクラシーのひとつの柱は人民主権であり、人民という抽象的存在が、文字通りの無制限の権力を握った時には、人民の名においていかなる専政が行われてもそれを防ぐことはできないのである。ジャコバン党の恐怖政治はまさにそのことを物語っているし、のちにはスターリニズムがその問題を再び提起したのであった。この時、リベラリズムはデモクラシーと対立する。・・(中略)そして19世紀を通じてヨーロッパのリベラリズムはデモクラシーに対する警戒心を緩めることはなかった。すくなくとも急進的なデモクラシーのもつ専制政治への傾きに対してである。」(同84頁)

 

 19世紀のヨーロッパにおいては、リベラリズムは決してナショナリズムとは対立せず、共鳴しあいヨーロッパ社会を支えたのだ。19世紀の相対的に安定していた時期、諸国間の利害を調整していたのはバランス・オブ・パワーという考え方と自由貿易の理念であった。そしてその自由貿易を支えたのは、イギリスの効率的な海軍と経済力であり、それに加え現実的で自国の利益を見失うことのない外交能力であった。そしてそのリベラリズムは極めて現実的な国際感覚と極端な変化に対する警戒心、歴史の連続性や常識に対する信頼といったものに支えられていた。そうした「現実主義」の上に、「パックス・ブルタニカ」は成り立っていた、と記しています。

 

その3.20世紀のアメリ

 

 第二次大戦後、世界の総生産量の半分を生産した圧倒的な経済力と軍事力が、アメリカの覇権のベースとなったことは事実だが、アメリカの戦後外交の基本は、19世紀のイギリスと同様、国際的なバランス・オブ・パワーを確保することであった。加えて20世紀と19世紀を分かつ重要なことは、そのリーダーシップにはひとつは国際社会における道義的責務という観念と、「モノによるデモクラシー」というやり方である、と述べています。

 

 20世紀は理念とイデオロギーの時代であり、「力」だけがすべてではなかった。社会主義国共産主義やマルクシズムの優位を主張した。ナチズムの汎ヨーロッパ主義、日本の大東亜共演圏もそのイデオロギーを主張した。

 

 そして「戦後、最も普遍化する力をもったものがリベラル・デモクラシーであった。19世紀にはむしろ対立しあう価値であったリベラリズムとデモクラシーを今世紀は結びつけた。この結びつきを普遍的な人類の価値として世界化しようとしたのがアメリカであった。とりわけ、19世紀のヨーロッパでは、新興勢力に支えられているとはいえ、まだ危険思想であったデモクラシーを、社会の普遍的な原理まで祭り上げたのはアメリカであった。」(同124頁) 

 

 しかもその使命を「経済」を通じて実行しようとしたところにアメリカの文明史的な役割がある。そして大量生産と大量消費で大衆(消費者)を生み出したのである。アメリカは商品を通して「自由」や「平等」の観念を宣伝できた唯一の国であった。ともかくも消費財をひとつの文化のように見せかけ、ひとつの国のシンボルにまでしまった国家はほかにない。続いて、デモクラシーについては以下のように述べています。

 

 デモクラシーは19世紀を通じて、主として政治的な価値であり、理想であった。それは国政に対する人々の平等な参与を求める運動であり、その背後には、人民主権という政治理念があった。それは意志決定のやり方であると同時に、主権と統治の正当性に関することがらなのである。しかるに、アメリカニズムのなかで、デモクラシーは生活の均質化、所得配分の平等化を意味するようになってくる。ここでも「政治的平等」から「経済的平等」への転換がおこるのだ。それとともに、国家は、政治の正当性によって基礎づけられるのではなく、それが国民に対して何を提供するかによって意味づけられるようになる。国家はサーヴィス・ステイトとなり、機能的な存在と見なされる。国家とデモクラシーの関係は、人民を媒介にした統治の正当性に関わるのではなく、経済政策を媒介にした機能の遂行に関わるのだ。これが、アメリカ二ズムがスポンサーとなった今世紀のデモクラシーなのである。(同140頁)

 

 正に正鵠を得た指摘ではないでしょうか。私は僭越ながら深い共感を覚えます。いわゆるこの知識革命というべきものの遂行こそが今世紀のアメリカの役割であったわけです。そして次のように展開していきます。

 

 この「革命」がまぎれもなくフランス革命の継続であるのは、それが文化の大衆化という広範な平準化の運動だったからである。デモクラシーのもとでは「普遍化」とは「大衆化」にほかならないのである。ここに今世紀のアメリカの覇権を、かってのイギリスのそれから区別する決定的な点がある。パックス・ブリタニカのもとではイギリスの文化は高い尊敬の念を払われたが、それは結局イギリス帝国領土内の支配階級にしか広まらなかったのに対し、パックス・アメリカーナのもとではアメリカ文化はいささかばかにされながらも、世界の大衆に広まっていったのである。(同150頁)

 

 いわゆる大衆の出現です。では、何故、それがアメリカニズムの終焉につながっていくのか。

 

その4.アメリカニズムの終焉

 

 戦後の冷戦体制のもと、圧倒的な経済と戦力でアメリカが自由世界の守護者になった。もうひとつは大量生産と大量消費という「モノのデモクラシー」をいち早く実現し、モノ(商品)の持つ普遍的な力によって「リベラル・デモクラシー」を普遍化しようとする遠心力が、戦後の自由世界を覆っていた。従って、アメリカによるこの「リベラル・デモクラシー」という理念を打ち出した覇権が後退するということは、この理念の旗のもとに結集した西側世界全体の問題となる。即ち、今日のもっとも正統的な価値がもはや自明なことではなくなりつつある、との佐伯氏の指摘です。

 

 アメリカ社会の没落がはじってまっているというのは別に最近になって言われ始めたのではない。60年代のヴェトナム戦争を目の当たりにして、そのような感慨を抱いていたし、並行的に起こった学生運動や、ヒッピーの中にその兆候は見られる。また、アメリカの宿命とも言うべき人種問題が新たな局面を迎えたのも60年半ばであった。では今日の現状と何が違うのか。

 

「ジエフア―ソニアン・デモクラシーの伝統を想起するまでもなく、とりわけアメリカは政治参加に強い関心と意欲を示す国であり、キリスト教の伝統を想起するまでもなく地域活動や社会奉仕に意欲を持った国なのである。その国においてなぜ今、政治問題はほとんど経済一色に塗りつぶされ、社会生活も金銭的関心に塗りつぶされようとしているのであろうか。世界秩序を維持し自由主義を保守するというアメリカ政治の最も高貴な目標はいったいどうなったのか。

 

 ・・(中略)真の問題は、戦後アメリカの覇権を支えてきた『普遍的』なはずの理念がもはや『普遍的』ではなくなった。あるいは十分の説得力を持ち得なくなったということである。問題はアメリカの経済的利害にあるというより、今世紀のアメリカをアメリカたらしめてきたリベラル・デモクラシーの理念の崩壊にある。経済によって支えられてきたリベラリズムとデモクラシーの結合がうまくいかなくなったということなのである。さらにいえば、リベラリズム、デモクラシー、ビジネス(キャピタリズム)の三位一体という今世紀の産業社会の思想的枠組みがうまくいかなくなったということであろう。」(170頁) ではその要因は何であろうか。

 

 グローバル化

 

 70年初めにブレトン・ウッズ体制が破棄され、世界経済は変動相場制に移行し、為替レートは貿易つまりモノの移動で決まらず、急速にふくれあがった資本移動に大きく左右されることに連なっていった。そして、次のように述べています。

 

 今、自由貿易自由主義の枠の中で修正をせまられているのである。現実問題としていえば、それはすくなくとも多角的で無制限な自由貿易から、ある程度の二国間調整を含んだ「管理された自由貿易」へ修正せざるを得ないであろう。そのことは必ずしも保護主義への転換を意味するわけではないし、また自由貿易の放棄を意味するわけでもない。しかしそれより重要なことは、こうした自由貿易の修正は経済の「グローバル化」の結果だということである。資本、技術、それに労働の国境をこえた移動が激しくなればなるほど、各国の経済基盤、生産技術は似通ってきて、その結果、自由貿易の理論的根拠は失われていく。また金融のグローバル化がすすめばすすむほど「シンボル経済」はふくらんでゆき、自由貿易はむつかしくなるのである。(179頁)

 

 ・・(中略)「国家の壁」の内と外があって初めて自由貿易という議論も経済的自由主義も成り立つ。即ち自然資源、労働力の質、文化の構造、技術の性格といった広い意味での生産要素の質の国ごとの違いがあって初めて自由貿易の議論は成り立つ。だから、この近年のボーダレス化、グローバル化、市場の自由化といった最近の論調は、ある意味で自由貿易主義とは矛盾することを知らなければならない。・・(中略)「ヨーロッパの思想史の伝統の中にあるリベラリズムをもっぱら経済的自由主義とりわけ自由貿易主義に解消してしまったのは、今世紀の「アメリカ二ズム」であった。すなわち、自由貿易によって富の増大をはかり、その富をめぐって誰もが金持ちになる機会を与えられるのが今世紀の「アメリカ二ズム」なのである。(180、181頁)

 

 本書は20数年前に書かれたにもかかわらず、まさしくトランプ大統領アメリカの現状ではないでしょうか。

 

 世論とは何か、世論の登場

 

 一方、アメリカニズムは大量生産と大量消費を生み出し、新たな概念ともいうべき大衆(世論)を重視せざるを得ない状況をも作り出した。その世論というものは、何か対象が見つかれば、常に感情的高揚と主観的偏りをそれに対して向ける。とすれば国際関係とデモクラシーとの関係をもう一度考え直して見る必要があるのだ。そして、以下の150年前のトクヴィルの言葉を紹介します。

 

 民主政治にしばしば欠けているものは、知識経験に基づいた先見の明である。人民は理性にたよるよりも感情にたよっている。将来のことを予見して現在の欲望を抑制したりすることのむつかしさを過小評価する。そして危機のときにおけるアメリカの民主的共和国のこの相対的な弱点はおそらく最大の障害であろう。そしてこの障害は、ヨーロッパで同様な共和国がもっている障害とは全く対照的にことなっている。この障害が一番顕著に表われるのが外交においてであろう。外交政策には民主政治に固有なほとんどすべての美点の使用は必要ではない。即ち外交政策がデモクラシーの弱点に巻き込まれることを避けよ、ということである。

 

 この指摘はアメリカのみならず日本そのものに当てはまるのではないでしょうか。そして、次のように記していきます。

 

 今世紀の社会の主役は「消費者」と「世論」ということになった。それは、19世紀なワークマンシップやリーダーシップというものとは正面から対立するものであった。「消費者」や「世論」を構成するのは「普通の人々」なのである。だから「普通の人々」が主役になった社会、それが現代というものである。だが現代はそれ以上のものを「普通の人々」に与えた。それは事実の問題として「普通の人々」を主役にしただけでなく、価値の問題としても、「普通の人々」こそが価値の基準だとしたのである。「普通の人々」の答えが社会とって正解なのである。しかし、まさにそこに現代文明の解きがたい困難がある。(279頁)

 

 日本の世論の現状

 

 むろんこうしたことは、アメリカだけの現象ではない。日本においても事情は同じだ。「世論」は国際社会の相互依存などおかまいなしに「一国平和主義」を主張する。経済的にも安全保障上も複雑に絡み合ってしまった今日の世界においては、よかれあしかれ、日本一国の安全といえども、「世界」と結びつきあっていることは明らかなのに、である。湾岸戦争以降高まった反米的でナショナリステイックな気分は、それが「世論」と見なされたとたんに危険なものとなろう。この「世論」は、日本の安全保障を確保する何らの現実的な外交手段も提示しないまま、いたずらに「大国」アメリカを批判するだけなのだ。(190、191頁)

 

 たしかに「一国平和的日本主義」の方はひとつの理念をもっているともいえる。しかし、この理念があまりにも空想的で現実離れしてことを別としても、コスモポリタンな絶対的平和主義というような理念が、たとえばヨーロッパの政治思想史のなかに流れているとは私には思えない。唯一それを思想の課題にしたのはガンジーの無抵抗主義ぐらいであろう。しかし、それも、きわめて実践的性格をもったものだった。端的にいえば、それもまた抵抗の戦略として選び取られたものであった。もしわれわれ「自由」を真に重要なものだと考えるならば、われわれはいま改めて自由の意味について考え直さなければならない。消費者主権に基づく経済的自由主義も、絶対的平和による自由の観念も、ともに強い力はもたない。アメリカニズムのもとでのリベラル・デモクラシーは明らかに限界にあると思われる。(312、313頁)

 

 如何でしょうか。佐伯氏のこの指摘は20年前のものなのですが、私は深い共感を覚えるのです。今日のアメリカの最大の問題は無責任な個人的自由の観念が中間層から上の、どちらかといえば知的な階層に急速に広まりつつあるように思われる。即ち、知的エリートの無責任な状況を氏は指摘しているわけです。

 

 では日本の現実はどうでしょうか。日本の無責任な世論と称されるものが時の政権に大きな影響を与えてきたのは、戦前、戦中は新聞、ラジオ。戦後はテレビ、新聞、週刊誌等々のマスメディア等、特にテレビのそれはもはや制御できないものになっていると、私は考えています。昨今のテレビキャスター、ジャーナリスト、学者、謂わば「専門家」称される人々のテレビで流される言動、いわば独りよがりの正義の無責任な言動が、世論形成に大きな影響を与えている。しかし、そこに潜むものは正義、いわんや言論ではなく、単なる商業主義に毒された、金をもらえれば良い、謂わばテレビ局、更にはスポンサーのいいなりになる、猿回しの猿の言動にすぎないと。言い過ぎですが、私には、そう思えるのです。思想の消滅といった現象そのものではないでしょうか。

 

 尚、佐伯氏は言論について次のように述べています。

 

 政治の空間は多かれ少なかれ、言葉や表現によって組み立てられている。だから政治の空間での自由は言論や表現の自由と不可分だ。しかしもそれはただ、言論が制限されたり検閲されたりということだけでなく、表現者としての真の内的な自由、つまり、真実を語ること、説得すること、言葉に対して責任をもつことなどを含んでいるはずだ。(139頁)

 

 冷戦以降の日本の位相

 

 実は日本社会こそが本書でいう「アメリカニズム」の典型的な担い手となったのである。そう考えなければ、昨今の日本における「消費者」という概念と「世論」という概念に与えられた特権的な位置を理解することはできない。日本の経済が本当に「消費者」によって動かされ、日本の政治が本当に「世論」によって動かされているのかどうかについては、簡単に判断できないだろう。だが少なくとも言えることは、経済が「消費者」のためにあり、政治が「世論」によって

方向づけられるのが正当だという強固な信念は広がっている。(309頁)

 

 佐伯氏はこの第4章・「『アメリカニズム』の終焉」を、次のような印象深い文章で閉じます。

 

 こうして近年のアメリカの衰退が意味するものは、必ずしも、経済的、軍事的のものではなく、むしろ「現代」文明が掲げ、担おうとした価値、すなわち、リベラリズムキャピタリズム、デモクラシーといった価値の衰退、あるいはこの三者の優雅な結合の崩壊である、というのが私の考えなのである。あるいはビジネスがもはや、リベラリズムとデモクラシーを結びつける役割を果たさなくなったということだ。・・(中略)ここで確実に言えることは、これはただアメリカだけの問題ではないことだ。「アメリカニズム」は繰り返していうが、アメリカ一国の話でもないし,アメリカが世界に押しつけたものでもない。ビジネスあるいは経済という絵筆によって世界の地図に自由と平等の色を塗り込んでゆくこと、これが「アメリカニズム」の本質なのである。この「アメリカニズム」が20世紀を特徴づける基本的な柱だったとするなら、その崩壊は「現代」そのものの崩壊だし、それを「危機」というなら、それは「現代」そのものの危機なのである。(209,210頁)

 

その5.「グローバリズム」という虚構

 

 1993年に本書の初版が出され、1998年にはグローバリズムに関しての増補を加えております。アメリカニズムについても極めて重要なので、私なりの理解ですが以下、紹介します。

 

 個人的な自由主義、民主主義、そして市場経済の理念の結合を普遍的なものと見なすアメリカニズムの土台は、絶えざる技術展開とその成果の大衆化可能とする大量生産方式であり、それを受け取る大衆社会(世論)の形成であった。しかしながらその理念が基本的なところで亀裂が生じ、衰弱が起きている。そうした流れの中で、グローバリズムが進展している。その中心をなすのは企業活動そして資本の動き、即ち経済の領域におけるボーダレスな活動が今日の大きな焦点なのだ。その国際資本移動は文字通りの意味で国境がなくなった世界を駆け回っているわけでではなく、むしろ国家が厳然として存在するゆえに、その国境を利用したゲームなのだ。

 

 その結果、「国の政策の妥当性の判断が、政策当局や国民ではなく、国際的な投資家たちが構成する市場にゆだねられているということである。政策当局は、その政策を市場がどのように評価するかという観点から行動をせざるをえないのである。こうして市場の動向が政策の基本方針を動かしてしまう。少なくとも、政策の独立性は市場の圧力にさらされ、自立性や裁量は失われつつある。つまり、市場から独立した政策というこれまでの前提はもはや成り立たない。」(331頁) 

 

 このグローバル市場の進展は、人々を律し、また結び付ける社会的エートスを限りなく希薄化させる。市場は、利潤機会に敏感で、価格にすばやく反応する人々の群れを生み出す。決して倫理的な人間など必要としないのだ。ではそれへの対処はあるのか、ないのか。

 

 それは「主権国家という、これまでわれわれの依拠してきた発明物を,グローバルな時代に適応させて活用するというやり方である。近代主義の矛盾とグローバリズムという超アメリカニズムのもたらす不安を牽制し、調整する実際的なやり方は、コスモポリタ二ズムとファンダメンタルズの間で『ナショナルなもの』に依拠する以外に考えられない。」(383頁) それを氏は「シヴィックナショナリズム」と呼んでいます。

 

おわりにあたり

 

 佐伯氏の一連の著作を読み終わった感想は、今の時代に必要なことは、まさしく歴史への深い洞察と、思想の重要さ、ということでした。では必要な思想とは何か。それは単なる知識の集積ではなく、物事を判断する力、ことの本質を追い求める、「個人の内面への希求」ということなのでしょう。

 

 揺れ動くヨーロッパ諸国、民族と宗教との対立、各国各地でのテロの続発、そしてアメリカ第一主義を掲げるトランプ大統領の出現。その現状等々を、あたかも著者は20数年前に既に見通していたかのように感じます。

 

 方や、価値観が大きく異なる、中国共産党独裁政権による想定外の「中華大国への復活」と、その行く末はどうか。そして、その中国を背景に、世紀を超えても消えることない強固な反日朝鮮半島統一国家への実現如何。加えて軍事大国のロシア。世界が大きく変動している中にありながら、日本の政治の現状はどうか。言論に責任を持つ報道機関がない日本。加えて、昨今の国会討議の有り様、頻繁に起こす野党の審議拒否、採決欠席の現実は目を覆うばかりです。私には、言葉の意味においても理解できない「リベラル」を掲げる立憲民主党を初めとした野党の在り様は、ただ安倍政権を倒せばいいとしか思えないのです。また、共産党も名称を変えて日本共産党として存続してはきたものの、その綱領等はどうなっているのでしょうか。他の国との友好関係はあるのでしょうか。あるとすればどこの国なのでしょうか。日本共産党は異質の存在で、現在以上の進展はないと考えます。いずれにもせよ私は、政権交代の意志も、思想も、政策も、人材もない、弱小の野党群を目の当たりし、政党政治の末期的現象のみならず、このままでは日本は衰退の方向に向かっている兆候が色濃く表われていると考えています。

 

2019年5月2日

                         淸宮昌章

参考文献

 

 佐伯啓思「『アメリカニズム』の終焉」(TBSブリタニカ)

 同 上「『アメリカニズム』の終焉」(中公文庫)

 同 上「アダム・スミスの誤算 幻想のグローバル資本主義上」(中公文庫)

 同 上「ケインズの予言 幻想のグローバル資本主義下」(同上)

 同 上「20世紀とは何だったのか 西欧近代の帰結」(PHP新書

 同 上「日本の愛国心 序説的考察」(中公文庫)

 同 上「大転換 脱成長社会へ」(同上)

 同 上「正義の偽装」(新潮新書)

 同 上「現代民主主義の病理」(NHKブックス

 同 上「反・幸福論」(同上)

 同 上「日本の宿命」(同上)

 同 上「反・民主主義論」(同上)

 同 上「さらば、資本主義」(同上) 

 同 上「従属国家論 日米戦後史の欺瞞」(PHP新書) 

 同 上「倫理としてのナショナリズム」(中公文庫)

 同 上「『保守」のゆくえ』(中公新書ラクレ

 同 上「『脱』戦後のすすめ」(同上)

 筒井清忠「戦前日本のポピュリズム」(中公新書

 西部邁「保守の遺言」(平凡社新書

 同 上「保守の真髄」(講談社現代新書

 ケント・ギルバート「リベラルの毒に侵された日米の憂鬱」(PHP 新書)

 東谷曉「山本七平の思想」(講談社現代新書

 阿南友亮『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(新潮選書)

 他

 

 

 

                                                                                     





 

ノートルダム寺院に思うこと、他

ノートルダム寺院に思うこと、他

 

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ノートルダム寺院の火災

 

 日本時間の4月16日未明、ノートルダム大聖堂の火災について、日経新聞のコラム「春秋」に、1950年7月の京都の金閣寺が放火で焼け落ちたことに触れながら、私には印象深い、以下の文章が載っておりました。

 

 火が出たのは夕暮れを待つひとときだったらしい。日本人観光客も目立つ大聖堂の周辺はセーヌ川の風光はすばらしく、カフェには客がさんざめき、パリの雰囲気を満喫できるところである。そこから見上げる寺院が炎に包まれ、尖塔が崩落していった。市民は賛美歌を歌ってただ鎮火を祈ったそうだ。無念、いかばかりか。

 パリの街は、ノートルダムの鐘楼からの眺望がいちばんくっきりしている、と鹿島茂さんの「文学的パリガイド」にある。都市がここから広がったことを示す眺めだという。火炎の悲しみは大きいが、寺院の骨格が残ったのは救いだ。金閣寺は再建され、室町の記憶をいまに伝える。大聖堂もかくあれと願うのみである。

 

 今から半世紀ほど前になりますが、森有正の「遙かなノートル・ダム」に感動し、ノートルダム寺院への強い思いが残りました。そして、16年ほど前、ある機会に恵まれ、家内と大聖堂を訪れました。寺院が醸し出す静寂と、独特な荘厳さを強く感じた、あの大聖堂が火炎に包まれながら、尖塔が崩れ落ちるテレビの映像を、私は呆然自失という状態で見入っておりました。

 

 森有正は1911年に生まれ、1976年に死去されております。哲学者、あるいは思想家とも言うべき方でしょうか、パリ大学東洋学部教授として日本文学等を講義された方です。幼児洗礼を受けたクリスチャンでもあり、明治の初代文部大臣・森有礼の孫にあたります。昭和42年(1967年)の夏でしたが、私は上記「遙かなノートル・ダム」に出会い、その文章の緻密さとも言うのでしょうか、何か感動し、氏の著作である「遠ざかるノートル・ダム」、「バビロンの流れのほとりにて」、「砂漠に向かって」、「フィレンツェだより」、「旅の空の下で」、「パリだより」等々を次々と読み進めました。どこまで理解できたかは問題ですが、私には物事の考え方につき大きな影響を及ぼしたと思っています。

 

 続いて、昭和46年(1971年)でしたが、辻邦生「嵯峨野明月記」に出会い、その文章の淸麗さ、登場人物の心情を表わす見事な描写にうたれ、「天草の雅歌」、「背教者ユリアヌス」、「時の扉」、「神々の愛でし海」、「永遠の書架にたちて」、「西行花伝」等々を読み進めました。特に「背教者ユリアネス」は強く印象に残る作品でした。最後の作品である「のちの思いに」を残され、1999年に死去されております。なお、辻邦生はフランス留学時代に森有正に師事されていたとのことを、後で知りました。私としては何か共通項があるように思います。 

 

 今回のノートルダム大聖堂の悲劇に際し、誠に僭越ですが、私のものを考える上で大きな影響を与えた、お二方を今回、思い起こした次第です。

 

近況のこと

 

 5年ほど前にゴルフからテニスに転向しましたが、右膝を痛め、過去一年ほどテニスを少し控えておりました。お陰様で、ほぼ完治し、テニス漬けの日々に復帰しております。ただ、現役のテニス・サークルの皆さんとのテニス及び合宿はきつく、現在は、ほんの歩いて数分のテニスクラブでの仲間同士とのダブルス・テニスとなっております。やはり歳なのかもしれません。後数ヶ月で79歳になりますが、皆さんからは60歳前半に見られているようです。

 

 この3月16日に投稿した中国関連の続きになるような感じですが、フランク・デイケータ著「毛沢東の大飢饉」(草思社文庫)、楊継縄著「文化大革命」(岩波書店)、江崎通朗著『日本占領と「敗戦革命」の危機』。加え、東谷暁著「山本七平の思想・日本教天皇制の70年」を手元に置きました。山本七平も私に大きな影響を与えた方です。なお、中国に関する上記二書は大作で、時間が掛かりそうです。後日になりますが、私なりに感想など記したいと思っております。

 

  2019年4月19日

                      淸宮昌章

 

 

 

三ヶ月が経って

三ヶ月が経って

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はじめに

 

 ここのところ投稿のペースが落ち、月一回になっております。その落ちた要因は体調の為か、読書量が落ちたこと。加えて、取り上げた著書の内容が濃く、関連著書、更には、かって読み込んだ著書にも立ち返る必要があったこと、にもよると思っています。

 

 この3月19日に投稿した阿南友亮著「中国はなぜ 軍拡を広げるのか」の中で、氏は「日中関係をどのように捉えるかという問題は、個々人の情報量、情報の入手経路、情報を整理・解釈する際の鋳型となる価値観などによって大きく左右される」と述べられております。そのことは日中関係のみならず、多くの事象に当てはまることではないでしょうか。自戒をも込めて感じたところです。

 

 上に写した著書は日本政治史の泰斗である井上寿一氏、ハーバード他で学ばれたアメリカ研究、文化政策論を専門とする渡辺靖氏、加えて、気鋭の民俗学・近現代東アジアの思想を専門とする室井康成氏によるものです。この三冊は相互に関係があるわけではありませんが、手元に置きました。又、海外事情(2019.3・4)は習近平の国家戦略の特集で、極めて興味深い論考集です。近いうちに感想など記して見たいと思っております。

 

 ここ半年ばかりは、日韓、日中、及び日米開戦・戦後との視点から投稿して参りました。そこに私なりに加えてきたことは、メデイアの有り様、かっての知識人から専門家と称される人々のメデイアにおける、その現状。そして、それに大きく影響を受けると思われる世論と称するものについての感想です。私は言論の自由報道の自由は勿論、極めて重要なものと考えております。只、報道しない自由を含め、歯止めのなくなってしまった報道の自由言論の自由とは何をもたらすのか。メデイアを掣肘するものが無くなってしまったように私には映るのです。むしろ最大の権力を握ってしまったのがマスメデイアなのではないでしょうか。そこには正義とは何か、民主主義、更には民主主義のはらむ問題とは何か、そうした観点が抜け去り、何か商業的観点のみが目立つように私には映るのです。それはポピュリズムとは少々異なる、日本独特の現象なのではないでしょうか。

 

 何故なのでしょうか。他国にあって日本にはないもの、それは日本語が全て通じることに加え、宗教という問題なのかもしれません。宗教を弾圧する中国共産党独裁政権がある一方、日本には弾圧の対象たる宗教、人の心を規制する宗教心が、そもそもなくなっているのではないでしょうか。良いかどうかは又別の問題となりますが、欧米を含め、絶対神と言う概念がある一方で、人の心を規制する神という概念が乏しい、否、無神論がごく当然の如くの日本は、特異な国なのかもしれないと思うのです。

 

 全く個人的な体験ですが、母方がカトリック教徒の一族で、私も幼い時から教会へ通っておりました。公教要理の仲間の一人は神父の道に進みました。私も神父様からも期待されていたようですが、高校時代に亀井勝一郎の「生けるユダ(シエストフ論)」に接し、それがひとつの要因でしょうか、教会から離れていきました。その後、私が普通の神前結婚式を挙げることとなりました。その前に、私としては母親を安心させる為か、教会でも式を挙げるべく、式の一週間前に家内と本所カトリック教会の司祭館を訪れ、神父様に式のお願いを致しました。司祭館の屋根を雨が強く打つ10月の土曜日の昼でしたが、神父様より「昌章、帰ってきたか」とのお言葉を頂きました。そして、一週間後の土曜日、私と家内、母、及び代理父母のもとで結婚式をおこなって頂きました。その式の直前に神父様より式前に「告解」をと言われ、告解部屋に入りました。そのとき何を告解すべきか分からない、罪の意識が私の内部から消えている自分を見たのです。しどろもどろ告解が始まり、神父様より最後には「ご安心なさい」とのお言葉を頂き、告解部屋を出て、キリストの十字架に向かい跪き、言われたお祈りを唱えました。そのときの安堵した私と、そうした一連の情景を今でも思い起こします。只、その後、50数年になりますが教会には行かず、否行けず、今日に至っております。

 

 そんな個人的なこともあるのでしょうか、カトリック遠藤周作、最後はカトリックからプロテスタントに改宗した、「戦艦大和の最後」等を出された日銀の吉田満。加えて、山本学とも称される、山本七平の作品を身近に置いているのかもしれません。

 

 以下は宣伝となり恐縮しますが、現在の弊ブログ「淸宮書房」の順位をご紹介いたします。それぞれが長く、恐縮したしますが、ご一覧頂ければ幸いです。

 

注目記事の紹介

 

 僭越至極というか何か複雑な想いを持ちながら、投稿を続けております。お陰様で、弊ブログ「淸宮書房」へのアクセスは29,000に近づいておりますが、ここ数ヶ月で、その注目記事と称される順位が大きく変動しております。

 

 その中で、2015年18日に投稿した2014年10月に発刊の木村幹著「日韓歴史認識問題とは何か・・歴史教科書『慰安婦』、ポピュリズム」が第二位に復活してきております。私としては、2018年1月18日に続き、2019年2月18日に加筆をしております。なお、本書は日韓歴史共同研究に関与された木村幹氏による、日韓の歴史認識問題を根本から問い直す研究成果です。戦後70年の日韓双方の現代史を敷衍しながら、両国の政治過程並びに世論の推移を分析していく、見事な論理構成。加えて、マスメデイアに対してはやや論調を抑えながらも、人を引き込む緊張感を持った文章で歴史認識の本質を解き明かし、その解決をも示唆したものです。

 

 そして、第三位に挙げられたのは、2018年5月14日に投稿した佐伯啓思著「『保守』のゆくえ」を読んで思うこと」です。「保守」とは何かを問うものです。元来、保守主義はイギリスに誕生したもので、自由の実現を無条件に肯定し、化学や技術革新を盲進し、その力によって社会を急激に変革することを求める「進歩主義」に対抗する思想であった、とのことです。そして、八つの保守思想の基本的論点を挙げ、

 

 現実は大方の政治家も知識人も「暗黙の植民地化」を歓迎した。保守派の政治家はどこか躊躇しつつも、日米同盟こそが日本の国益だと自らを納得させた。一方、進歩的知識人は、日本がアメリカの準植民地であることなど全くふれもせずに平和と民主の戦後日本を賞賛して、フエイク・ニュースの方棒を担いだ。その知識人も今や、何をすればよいのか、誰も確信をもって述べることはできない。その知識人に代わって、各種の「専門家」と称する人々が登場し、政治の場面(マスメデイアを含め)で「専門知識」を披瀝する現状である。そこには、近代を生み出した「個人の内面」への希求はもはやない。われわれは、改めて、日本のたどった「近代のデイレンマ」へと目を凝らし、近代化やグローバル化のなかにおける「日本人であること」の意味と葛藤を問い直すほかないだろう、と述べています。

 

 なお、1位はこの三月に投稿したものですが、2位以下とも重複しますので省略します。4位は今年の3月、5位は今年1月に投稿したものです。

1.ここ数ヶ月を省みて(2019.2.3)

  http://kiyomiya-masaaki.hatenablog.com/archive/2019/02/03

ここ数ヶ月を省みて はじめに 「反日・反米・親北」で名前を売った盧武鉉元大統領の側近であった、現文在寅大統領の登場で、日韓の関係は最悪の状況になりました。私は予想はしていたとは言え、日本は極めて難しい状況に置かれている、考えております。韓国の現政権にどういう破局が訪れるかはわかりませんが、日本との接点をほとんど持たない文在寅大統領が続く限り、日韓関係の改善はないでしょう。それを前提にして、日本は今後を考えていくこと、ひとつの重大な岐路にあるということではないでしょうか。方や、日本には半島出身の方々が、日本の国会議員等を含め政治的権力をも持っている現状です。その上、そうした方々の人口は減ることは・・・

 

2.再・木村幹著「日韓歴史認識問題とは何か・・歴史教科書・『慰安婦』、ポピュリズム](2015.3.18)

  http://kiyomiya-masaaki.hatenablog.com/entry/2015/03/18/140619

再投稿にあたって・・追記 韓国内外に亘って、日を追う毎に高まる韓国の官民挙げての反日行動・発言は止まることはなく、むしろ強まっていると思います。この2月10日、韓国国会議長の、その位置づけ、その立場に関しては、私はよく分かりませんが、慰安婦問題に関して「天皇陛下が謝罪すべき」との報道が日経新聞等でされました。その後の韓国政府の動向に鑑みても、韓国の反日・敵視感情はここまで来たか、との思いは不快を通り越し、強い嫌悪感を持つに至りました。 戦後74年の日本の歩みとは一体何だったのか。新憲法の下、大きく変わった象徴天皇。特に現天皇皇后陛下は皇太子・皇太子妃時代からの火焔瓶を投げられた沖縄慰霊の・・・


3.佐伯啓思著『「保守」のゆくえ』を読んで思うこと
(2018.5.14)

  http://kiyomiya-masaaki.hatenablog.com/archive/2018/05/14

佐伯啓思著『「保守」のゆくえ』を読んで思うこと まえがき ここのところ、個人的事象につき、数本の投稿をしてきました。今回は本来の軌道に戻り、読書後の私の感想など記して参ります。 佐伯啓思氏の著作については、今まで「淸宮書房」で「日本の愛国心」、「反民主議論」、「アメリカ二ズムの終焉」、「現代民主主義の病理」、「西田幾多郎 無私の思想と日本人」を取り上げてきました。掲題の「保守のゆくえ」は氏の『「脱」戦後のすすめ』に続く後編ともいうべき著作です。今年1月21日に自裁された氏の永年の友人である西部邁の「保守の精神」をできるだけ継承したいとの思いで書かれたとのことです。私としては、佐伯氏に僭越・・・

 

4.阿南友亮著「中国はなぜ 軍拡を続けるのか」他を読んで(2019.3.16)

    http://kiyomiya-masaaki.hatenablog.com/archive/2019/03/16

阿南友亮著「中国はなぜ 軍拡を続けるのか」他を読んで はじめに 2019年3月2日の日経新聞の「米、WTO改革で提案」に記事によれば、スイスのジュネーで2月28日に開かれた世界貿易機構(WTO)の一般理事会で米国が中国などを念頭に、経済発展を遂げた国は「発展途上国」としての恩恵を受けられなくする規定の導入を提案したとのこと。仮に中国が途上国でなくなれば通商交渉での立ち位置は大きく変わり、中国は反対しているようです。「月の裏側にロケットを飛ばした国を誰が途上国とみなすだろうか」と米国代表は中国を皮肉ったようです。方や、中国の習近平国家主席は2018年11月、パプアニューギニアで開かれた太平洋経済・・・


5.牧野邦昭「経済学者たちの日米開戦」を読んで
(2019.1.7)

   http://kiyomiya-masaaki.hatenablog.com/archive/2019/01/07

牧野邦昭著「経済学者たちの日米開戦」を読んで はじめに かって、私が参加していた某読書会の慶大経済学卒の畏友・堀口正夫氏より、昨年11月、次の文面が届きました。 昭和15年1月、秋丸次郎陸軍中佐を中心とした調査部が設立された。俗に「秋丸機関」と呼ばれ経済戦の調査研究を目的とし、有沢広巳、中山伊知郎、竹村忠雄,佐藤弘、近藤康男、大川一司、森田優三等多くの学者が集められ、英米班、ドイツ班、ソ連班、日本班に分かれて、経済力、抗戦力の調査を行った。 小生が大学3年生のとき、「原論特殊講義」という外部からの講師を招いて行われる科目があった。その中の一つとして「現代経済論」という、竹村忠雄氏の講座があった・・・

 

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                             淸宮昌章

 

 

 

   

阿南友亮著「中国はなぜ 軍拡を続けるのか」他を読んで

 

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阿南友亮著「中国はなぜ 軍拡を続けるのか」他を読んで

 

はじめに

 

 2019年3月2日の日経新聞の「米、WTO改革で提案」に記事によれば、スイスのジュネーで2月28日に開かれた世界貿易機構(WTO)の一般理事会で米国が中国などを念頭に、経済発展を遂げた国は「発展途上国」としての恩恵を受けられなくする規定の導入を提案したとのこと。仮に中国が途上国でなくなれば通商交渉での立ち位置は大きく変わり、中国は反対しているようです。「月の裏側にロケットを飛ばした国を誰が途上国とみなすだろうか」と米国代表は中国を皮肉ったようです。方や、中国の習近平国家主席は2018年11月、パプアニューギニアで開かれた太平洋経済協力会議(APEC)で、中国は途上国のリーダーとして「中国はどれほど発展したとしても、常に途上国の一員のままだ、常に途上国の側に立っていると。」述べています。

 

 中華民族の偉大なる復興を掲げ、軍拡を強力に進め、「一帯一路」を掲げる現状の中国は複雑怪奇とも言うべき姿ではないでしょうか。歴史上、中華民族、中華大国とは何であったのでしょうか。私には中華大国という実像が浮かんでは来ないのです。我国はその中国、そして中国の影響下にある朝鮮半島国家に隣接していることを再認識しなければならない、と考えております。私はこれまでも言い続けていますが、一国平和主義は通じない現状に日本は置かれている、と考えております。

 

 私のブログ「淸宮書房」、発足は4年前になりますが、誠に僭越ながら我国と中国、韓国との関係を時に応じ取り上げては来ました。ここに来て日韓関係が、ある面では最悪の状態になっているためでしょうか、弊ブログは追補を入れますと70編を超えますが、ここ数週間で以前に記した日韓、日中に関した投稿が注目記事の上位に復活してきました。そんな経緯もあり、以下の著作等に改めて目を通し、中国と我国との関係を見たいと考え、投稿した次第です。

 

 1.デイヴイッド・アイマー著「辺境中国」

 

 著者は英国のジャーナリストで、新疆、チベット雲南、東北部の、中国の謂わば少数民族への旅行・感想記です。中国に関しては知っているようで知らない、況んや1949年の中華人民共和国成立以降についても、その実態は驚くほど知らない自分を本書で気づかされました。

 

 東西4000キロのアメリカ本土よりも、更に東西に距離のある中国では時差を設けていないこと。しかも中国本土の、むしろ東側に位置する北京、共産党の牙城の北京に標準時間を設け、それを全土に押しつけていること。東西に大きく隔たり、距離を持つ国で標準時間をひとつにしている国は、アメリカ、カナダ、ロシア、インドネシア等々を含め、世界では中国しかない事実です。何故でしょうか。敢えて言えば共産党政権の支配がそれほど強い、あるいは強くなければ共産党独裁政権が続かない、ひとつの証左かもしれません。そこには国民の利便、経済的要素よりも、より重大な観点があるのでしょう。

 

 加えて、中国の人口です。公式な統計はないようですが、その人口は6億の農民を含め14億人を超えると想います。「中国には漢族以外に一億人近い国民がいる。彼らは公式には認められた55の少数民族に属し主に国境地域に居住している。それは国土の約三分の二に相当する広大な地域で、多くはどちらかといえば最近になって中国に吸収された。ほかにも400ほどの民族グループがあるが、いずれも5000人に満たず、与党である中国共産党から少数民族として公認されていない。・・(中略)少数民族の多くは中国人にとっても謎だ。彼らは漢族の中心地域から数千キロ離れた辺境の地に暮らしている。西と北の辺鄙な砂漠、南西は熱帯のジャングル、そして中国最東北部一体に今も広がるシベリア風の亜寒帯林、話す言葉も違えば、共産党から不信の宗教を信奉するケースもあり、ほとんどの場合民族・文化的な漢族よりも隣国の人々のほうがよほど強い。そんなつながりがあるため、中国の辺境では国籍という概念が曖昧で、人が所持するパスポートは民族性ほどには重視されない。その結果、国境地域は内部に火種を抱えている。『山高く、皇帝遠し』という中国の古いことわざは、地元の人びとに対する北京の支配力は弱く、その威光は疎んじられるといった意味だが、今もそれが心に響く土地だ。」(本書10、11頁)

 

 続いて、中国は外部からの影響をほぼ遮断した国家であると言われるが、中国は、「周囲から切り離されているどころか、中国は近隣諸国と分かちがたく結びついている。中国の陸の、国境線は2万2117キロにわたり、世界最長だ。ロシアと並び、中国が隣接している国は14カ国で、これはどの国より多い。北東、南西、そして西側を、ひどく孤立した東南アジアの国々、中央アジア諸国、アフガニスタンブータン、インドにパキスタン、モンゴル、ネパール、北朝鮮、ロシアに囲まれている。・・(中略)歴史をねじ曲げ、共産党はあの手この手で、国境地方は中国の一部となって久しいと主張する。党や過去の皇帝達がこうした地域を武力によって、たかだか60余年前に占領したことを認めようとしない。少数民族が党の支配や党の配下ではるかに豊かな生活を送るようになり、中国の一部であることに満足していると断言する。チベットや新疆といった、きわめて御しがたい地域の掌握は、大規模な駐屯軍に頼りきっているにもかかわらずだ。」(15,16頁)と著者は記しています。

 

 著者はそのような視点から、新疆、チベット雲南、東北部への旅を通じ、少数民族中国共産党政権の支配の現実を描き出しております。共産党政権及び人民解放軍及び中国人民武装警察、人民警察、中国民兵、等々による強烈な支配の一端を見ます。私はこれが共産党独裁政権の一端だ、と思っております。なお、本書は大作ですが、楊海英著「モンゴル人の中国革命」と合わせ、お読み頂くことをお薦めします。

 

 2 阿南友亮著「中国はなぜ軍拡を続けるのか」

 

 著者の阿南友亮氏は1972年生まれ、現在は東北大学院法学部研究科教授です。中国との付き合いは長く、中国を訪れたのは1976年の4歳の時です。その後は小学4年から中学二年の夏まで両親と北京に暮らし、旅行好きの両親に連れられ外国人に開放された間もない中国各地を巡った。又、内モンゴルの草原を馬で駆け抜けといった楽しい思い出と共に、文化大革命の余韻がまだ残っていた当時の中国社会は、日本で住んでいる小中学生では、まず経験しないような暴力的で凄惨な場面にも幾度か遭遇した。そして、慶応大学院生時代には北京大学国際関係学院に留学し、多くの中国の友人とも知り合い、友人と共に、友人の故郷である「黄土高原」と呼ばれる実家、「ヤオトン」と呼ばれる伝統的な横穴式住居に招かれた。村には水道がなく、人々は村にひとつしかない井戸から水を汲んでいた。陽が落ちて涼しくなると、友人の家族が屋外に宴席を設けてくれ、ビール瓶を片手にその父親とも語り合い、「国民党の時は生活が苦しかったと親からよく聞かされたが、共産党の世になってもやっぱり生活は苦しい。革命をやっても苦しさは変わらないのなら、これからも変わらないさ」(342,343頁)と、著者は本書の「あとがき」に記しております。

 

 なお、本書は第30回・アジア・太平洋賞を受賞されておりますが、中国共産党政権と人民解放軍との歴史を含め研究し詳述した、中国論です。私は極めて興味深く読ませて頂きました。本書の見解、観点には勿論多くの批判、反論はあるでしょうが、今後の日本の在り方を考える上で極めて重要な参考書である、と考えます。なお、蛇足になりますが教授の院生には中国からの留学生もいることです。

 

 その1 中国の軍拡と日中関係

 

 著者は、本書の冒頭で以下のように記しています。重要な視点なので、長くなりますが、以下、ご紹介致します。

 

 1937年から続く外交関係の断絶に終止符を打ち、安定した互恵関係を構築する。これが、1945年を境に民主主義と平和主義の看板を掲げるようになった日本と、1949年に大陸で新たに誕生した中華人民共和国の共通課題となった。

 

 両国が1972年の国交正常化を足がかりとして、この共通課題に取り組み始めてからすでに40年以上が経過した。この間、両国の貿易額をみれば、実に三百倍以上拡大している。人の交流も活発化し、交流の形は多様化している。

 しかし、現在、日中の互恵関係は、風前の灯火とさえいえるような不安定な状況にある。72年以降、日本が積極的に支援し、経済的相互依存の関係を築いてきた中国は、今や安全保障上の懸案事項として日本の前に立ちはだかる存在とみなされるようになった。

 

 1978年に平和友好条約を締結し、互恵の道を歩み始めたはずの日本と中国との間で、なぜ、再び軍事的な緊張が高まっているのか。本書では、近年の日中関係ならびにアジア・太平洋地域の国際関係を考えるうえで避けては通れなくなった軍事的緊張という問題の背景について考察する。・・(中略)ではなぜ共産党は、90年代に入ってから中国国内においてに日米に対するネガテイブナ言説を意図的に流布するようになったのか。実は、この点を明らかにすることが、日米と貿易で互恵関係を深めつつも軍事的には対峙するという中国共産党政権の一見不可解な姿勢を理解するうえで一つの鍵となる。

 

 ・・(中略)日中関係をどう捉えるかという問題は、個々人の情報量、情報の入手経路、情報を整理・解釈する際の鋳型となる価値観などによって大きく左右される。しかし、日本が長年にわたって資金と技術を投入し、文化・経済交流を活発化させてきた相手が経済発展の成果を軍事力に転化しつつ、日本を含む周辺諸国ならびに米国に対する態度を硬化させているという情勢認識に対してはさほど異論がないように思われる。

 

 日本が重層的な互恵関係を築くにいたった中国において、空前の規模で軍拡が推し進められ、それが日本ならびにアジア・太平洋地域全体の安全保障をゆさぶっているという矛盾とどう向き合うべきか。この難題に取り組むにあたっては、そもそも軍拡がなぜ展開されるに至ったのかという根本的な問題を議論する必要がある。(本書14~18頁)

 

 そうした視点に立ち、共産党が軍拡を本格的に推進するに至った政治的背景と経緯、軍拡の諸側面、そして軍拡の日中関係の影響について論じていきます。その政治的背景と経緯については1970年半ばから2000年代初頭、即ち鄧小平から江沢民政権の時期に焦点を当てていきます。極めて興味深く、共感を覚えるところです。

 

 その2 対中政策のオーバーホールの必要性

 

 第二次天安門事件(1989年)以降の中国共産党は、中国の外に敵がいるというプロパガンダによって中国社会の不安を煽ることをその安全保障の一手段としてきた。そして共産党は、独裁に固執する限り、国内外に対する不安から解放されることはないし、中国の民間社会において安心が定着するのを妨害し続けるであろう。なぜなら、そうした安心が広まれば、民間の不満は爆発し共産党に集中する。

 

 尖閣問題の処理も以前のように「棚上げ」状態にするという処理の仕方で作用される性質の問題ではなくなっている。それは現代中国の政治構造に直結した問題であり、共産党が統治を続けるうえで欠かせない営みになっている。

 

 日本の対中政策は、オーバーホールの時期を迎えているのである。これまでの日本を含めた西側と中国の関係が中国の民主化には寄与せず、逆に独裁政権の体力を増殖させ、それが中国国内ならびに国際社会における緊張増大をもたらした現実に正面から向き合う姿勢が求められる。経済で結びついてさえいれば、日中関係は安定するという言説は、もはや説得力を失った。独裁政権を主たる交渉・交流相手としてきたこれまでの対中政策は、確かに日本に一定の経済的利益をもたらしてきたが、リスクとコストが年々高まっており、日中の平和的共生関係の持続可能性を危うくしている。既存の日中関係は、(日本側が過去における贖罪との観点もあったとしても)、日本側が天安門事件の象徴される中国の人権問題に欧米に先立ち、事実上目をつむることによって成り立ってきた。共産党の独裁の下で、中国の民衆の基本的人権が蔑まされていることについて、日本人としてどう考えるのか。

 

 と著者は問うています。

 

 このような観点・視点にたち、本書は、第Ⅰ部・現代中国における独裁・暴力・ナショナリズム、第Ⅱ部・毛沢東が遺した負の遺産、第Ⅲ部・分岐点となった八〇年代、第Ⅳ部・軍拡の幕開け、第Ⅴ部・軍拡時代の解放軍 について論じていきます。今回も本書全体を紹介するのではなく、私が共感を強く覚えた箇所に付き、記して参ります。

 

 その3 軍拡の原風景・第二次天安門事件と漂流する中国の近代化

 

 「中国社会が比較的自由であった1980年代には、少なからぬ研究者が、当時の中国の指導者であった鄧小平が進めていた『改革・開放』路線の行き着く先は民主化、すなわち議会制民主主義への移行であると予想していた。・・(中略)国民によるデモに対し警察が催涙ガス、ゴム弾、警棒などを使うという光景は民主主義国家と言われる国において決して珍しいものではない。

 

 1989年の第二次天安門事件は、そのような生やさしいものではなかった。この事件では、警察ではなく、本来は国防を主たる任務とするはずの軍隊が、装甲車や戦車を並べて、自動小銃に実弾を装填して民衆に向けて発砲した。そこから垣間見えるのは、国家、特にその主権を独占している共産党と主権へのアクセスを事実上持たない民間社会との間に共存する根深い相互不信と緊張状態である。・・(中略)中国社会の内部対立は、その後の20年間でほぼ中国全土に拡散し、慢性化した。中国国内において急増した『群体性』事件はこのことを端的に物語っている。」(21~23頁)と述べ、天安門事件が軍拡の原風景、謂わば原点だ、との指摘です。

 

 そして、1989年の天安門事件は、主として学生を中心とする都市住民と共産党の衝突に対し、ここ過去15年間で急増した群体性事件の中身は、農民暴動なのです。これまで共産党がその代表を自認してきたその農民(農業戸籍保持者)は中国の人口の6割を占めております。今後の中国の行く末を観る上で極めて重要な判断材料でもあり、方や人民解放軍という暴力装置が中国国内の秩維持に関して中心的な役割を果たしいくこと、即ち人民解放軍は国軍ではなく共産党の軍隊であることを鮮明にしたわけです。国家主席でも共産党の総書記でもなく、人民解放軍のヘッドである中央軍事委員会主席が最高の権力者になっていたのです。そして、「軍事の管制の意義は、匪賊の殲滅・慰撫と自衛団体の掌握をつうじて中国における暴力行使のメカニズムが基本的に共産党の一元管理下に置かれることになった点にもみいだせる。数百万規模の軍隊を骨幹とし、数千万規模の民兵組織を網羅した圧倒的な暴力行使なメカニズムの独占。これこそが一党支配体制の不動の基盤となり、社会主義体制への以降に必要な権力の裏付けとなった。」(108頁)

 

 言論の自由は大規模かつ綿密な監視体制のもとで著しく制限されるに至りました。現在の習近平政権は「七不講(七つの禁句)」を中国の言論界に示しております。即ち「普遍的価値、報道の自由市民社会、市民の権利、党の歴史的な誤り、特権資産階級、司法の独立」という七つのキーワードについて大学やメデイアなどにおいて語ることを禁じている、と著者は指摘しております。そして以下のように記しております。

 

 天安門事件に象徴されるように、共産党は、本格的な制度改革を先送りし、中国の骨組みの弱さに起因する不満を暴力で抑え込むという選択をおこなった。それ以降、共産党が推進してきた軍拡は、脆弱な社会統合の補強材という役割をはたしてきたといえる。そして、このような軍隊による骨組みの補強と同時に、共産党は90年以降、「中華民族」というフィクションを活用して中国の骨組みの弱さを覆い隠そうと画策するようになる。(47頁)

 

 その4 個人独裁のカオス

 

 1976年までの中国は、毛沢東による個人独裁という側面の強い時代であり、毛沢東という一個人の主観に人間が振り回され続けた時代であった。中華人民共和国における毛沢東の施政を「暴走」や「失政」と評価する研究者は、中国内外に大勢いる。そうした評価に主要な根拠となっているのが、1958年から始めた農業の集団化と農民の動員を基礎とする食料・鉄鋼の大増産を図ったが、結果的には4千万人の餓死者(当時の人口は約6億人)出した「大躍進」。それに続く1966年に始まった「文化大革命」である。大躍進以降の混乱の中でフラストレーションを募らせていた若者による党幹部に対する物理的・心理的攻撃は瞬く間に暴走し、「大躍進」の最中に毛沢東を継ぎ、その修正を図る第二代国家主席になった劉少奇、及び鄧小平等を追い落とすべく、起こした「文化大革命」という権力闘争になります。大学生、高校生、中学生を「紅衛兵」として動員し、「造反有理」「革命無罪」を叫びながら、まずは文芸・学術界の住人、そして劉少奇をはじめとする共産党の高級幹部達、即ち中華人民共和国の樹立に貢献した祖国の立役者たちを次々に襲撃し、彼らを悲惨な死や発狂へと追い込んだのです。この迫害の司令部となったのは、毛沢東の妻の江青を中心とする「四人組」であり、解放軍や民兵から奪った兵器を用いた武力紛争が全国で頻発。党組織はもとより社会全体の秩序が大きく崩れ、暴力、恐怖、猜疑心、絶望が民衆の生活を支配するようになった。なお、その結果責任については毛沢東にはいかず、「四人組」に全てを押しつけたわけです。その「紅衛兵」も1967年初旬には、今度は厳しく弾圧され都市部の若者数百万人が厳しく弾圧され、農村へと追放。この世代はまともな教育を受ける機会を奪われ、長期に亘って僻地で孤独かつ過酷な生活を強いられることとなったわけです。習近平国家主席もそのひとりです。

 

 続いて、「国家主席をはじめとする有力指導者、建国の英雄、有能な官僚、著名な作家や学者などが無知蒙昧な子供の暴力にさらされる国。それが文化革命時代の中国の現実であった。・・(中略)一方、文革を生き延びた共産党の幹部たちの間には、文革中に中国社会、特に若い世代が彼らに対しておこなった残忍な仕打ちの数々が深いトラウマとして残った。このトラウマが1980年代に沸き起こった学生主体の『民主化』運動に対する共産党指導部内のパラノイアの源となったといわれている。」(89~90頁)と、著者は記しております。

 

 その5 「改革・解放」の光と影 鄧小平の登場、そして拝金主義の万延

 

 毛沢東時代のカオスから脱却させるという重責は、1978年から党中央の実権を掌握した鄧小平に委ねられます。中国内戦の初期段階から政治委員として各地の戦場を転戦し、頭角を現したカリスマ性を保持した最後の指導者です。毛沢東が1976年9月に死去すると、「四人組」は解放軍が加わったクーデターによりあっさりと一網打尽となります。そして、鄧小平による「改革・開放」という経済成長重視の路線が打ち出されます。鄧小平は共産党独裁支配に固執し、国政選挙、三権分立言論の自由と言う議会民主主義の導入は頑として反対します。その上で、地方経済活性化に向けた地方政府への計画経済から市場経済への段階的移行、農業集団化という方針の放棄、経済特区の設置とそこへの外資系企業の誘致、地方経済活性化に向けた地方政府への権限委譲、国営企業の自主性の尊重、私営企業の奨励、等々の政策に変換します。しかし著者は軍拡の必然性として次のような興味深い視点を述べております。

 

 ただし、「改革・開放」は、それまで共産党が統治の拠り所としていた社会主義との兼ね合いで党内に対立と緊張を惹起した。これは、中国に繁栄をもたらすうえで決定的な役割をはたした資本主義諸国、特に米国と日本を念頭に中国が軍拡を推し進めるようになった背景の一つとして見落としてはならない問題である。(140頁)

 

 一方、この「改革・開放」が始まった段階では中国の人口10億人のうち約8割人が農業戸籍保持者であり、その農業集団化の放棄は市場が機能を回復されると共に郷鎭企業と呼ばれる中小企業が新芽のように次々と誕生した。がそれは農民に対する共産党の束縛の部分的解除と共に農民の社会保障制度の消滅となり、今後の中国の大きな課題の一つになっているわけです。その段階では、農民の一割近くを餓死させた毛沢東時代の施政が余りにも過酷であった為に農民の不満は大幅に軽減され、農民の慰撫におおむね成功したのです。

 

 経済発展を促進するために社会主義からの脱却を図ることと、共産党の独裁的な地位を維持するという本質的な矛盾を抱えた、この「改革・開放」は、外国企業の外資導入先ずもって始めた。そして当該沿海都市を管理下に置いているのは地方の共産党委員会で、1990年以降は半官半民の企業や民間企業も台頭しては来るが、それも共産党幹部のファミリー・ビジネスに連なるもので海外からの資金はそこに流れていったのです。共産党は、80年代をつうじて急速に拝金主義に染まっていきます。1985年に発覚した海南島自動車横流し事件は、その典型例の一つです。

 

 要するに「改革・開放」は、民間を潤す前に、政治権力を一手に握っている共産党幹部とその一族や取り巻き、及び解放軍の幹部を大金持ちにしたのである。鄧小平にしても、彼の後を継いで党中央のトップに立った江沢民胡錦濤、そして習近平にしても、その一族はご多分に漏れず富裕族の一角を占めている。欧米圏で贅沢な暮らしを満喫している一族のメンバーは少なくない。このことは中国でも公然の事実として知られている。(153頁)

 

 GDP世界第二位の経済を誇る現在の中国は資本主義の欧米諸国、日本を含め見られない極端な格差拡大、拝金主義が横行しております。果たしてそれは改善していくでしょうか。共産党独裁政権が続く限り、続くと言わざるを得ません。

 

 その6 胡耀邦の失脚と第二次天安門事件(1989)

 

 この拝金状態に鄧小平の子飼の胡耀邦が党内で改革を唱え、そして民主化要求運動が学生中心に起こります。鄧小平は梯子を外し、胡耀邦を総書記から解任します。胡耀邦の憤死に伴い、民主化運動の第二次天安門事件が起きます。即ち国防を主たる目的としたと見られていた軍隊の人民解放軍が戦車、装甲車を繰り出し、その人民に銃を発射し鎮圧していったのです。解放軍は完全に共産党の軍隊であることを明確に示したのです。では何故それが成功し、共産党支配体制の致命傷にはならなかったのでしょうか。著者は次のような興味深い指摘をされております。

 

 一点目は、中国における社会統合の度合いの低さである。1989年の時点で中国社会のマジョリテイを占める農村社会は、まだ都市部との接点が弱く、首都の北京や複数の大都市で起きた「民主化」運動と共産党との暴力的な衝突の余波は、農村部まで広がらなかった。

 二点目は、鄧小平の神話のような軍歴が一般将校に対して発揮した権威と、解放軍の「現代化・正規化」を痛感していた将校たちからの支持、及び軍将校団の既得権益集団への吸収。

 三点目は、中国に経済制裁を科した西側諸国の態度の変化である。西側諸国の経済制裁は、共産党を窮地に陥れたが、その民主化運動を擁護するよりも共産党との早期関係回復を模索したこと。そして、西側諸国の制裁解除の口火を切ったのは日本であった。1972年以来積み重ねられた日中の関係修復の実績が水泡に帰す事態を回避することが日本の国益に適うと考え、他国に先駆けて制裁解除に踏み切った。日本は当時の中国共産党が喉から手が出るほど欲しかった対中円借款を1990年に再開し、中国からの要請によって92年の天皇訪中を実現させた。

 

 その後の中国、江沢民の時代とその後の時代の日中関係を振り返ってみて、私は早まったというか、後悔というか、何か複雑な想いを抱きます。皆さん、如何思われでしょうか。

 

 その7 ポスト天安門期の危機が生んだ新指導部と軍拡の幕開け

 

 共産党としては80年代に関係修復が進んだソ連を筆頭とする東側陣営との結ぶ付きを強めたが、1989年以降、東欧では社会主義政権が相次いで崩壊し、1991年には東側の総本山のソ連も瓦解した。その崩壊は中国共産党指導部に解放軍の忠誠心を確保する努力を怠ってはならないという教訓を与えた。と同時に、ソ連との対立が深刻だった時期には頼もしくみえた西側諸国の軍事力も、天安門危険以降は一転し、警戒を要する対象となった。特に1991年の湾岸戦争において発揮した西側諸国の最先端の戦争遂行能力は、共産党と解放軍を震え上がらせたといっても過言ではない、と著者が記しています。改めて注目すべき視点ではないでしょうか。

 

 内憂外患の中、鄧小平がその後継者として指名したのは国際社会では無名の江沢民で、天安門広場での学生デモに呼応した上海市内の動きを封じ込めた手腕が買われたのです。毛沢東の個人独裁の悪弊を克服すべく集団指導体制にこだわった鄧小平が、軍歴のない江沢民に二人の上将を後見人に付け、党総書記、国家主席党中央軍事委員会主席、国家中央軍事委員会主席を兼任させたのです。極めて皮肉なことですが、如何に鄧小平が民主化を恐れた証左でもあります。そして、江沢民はその就任と同時に解放軍の装備と将兵の待遇を改善すべく国防費を大幅に増やすと宣言。加えて、解放軍にビジネスをさせるということで解放軍の能力と共産党への忠誠心を高めさせていきます。1989年以降の国防費の急激な増加、即ち軍拡化の道を歩め、「『社会主義市場経済』体制のもとで、共産党は改めて権限・財源の中央集権化を進め、党の意向を反映する形で国営企業の合理化に着手すると同時に外資を含む私営企業にも党委員会のネットワークを張り巡らし、経済に対するグリップを強めた。これにより、市場における競争のいかんにかかわらず共産党が潤うという仕組みができあがっていく。」(216頁) 

  

 そして、文化・教育政策を見直し、思想統制、即ち中華民族という概念を声高に打ち出し、強化し今日に至るわけです。「貧富の格差拡大に伴い、『階級矛盾』が激枠化する社会状況が生起した。そこで、本来は『階級矛盾』の解消のために『民族』の枠を超えて『階級闘争』を遂行することを使命とするべき共産党が。『民族』の枠組みを強調することによって『階級』をまたぐ社会的団結を奨励し、『階級闘争』の防止につとめるという本末転倒な現象が徐々に表面化するようになった。」(238頁) 続いて、この「『中華民族の偉大な復興』という世界観は、共産党既得権益派が旧『帝国主義』諸国と結託して私腹を肥やしてきたという『改革・解放』の現実を覆い隠す役割も果たしている。天安門事件以降『権力と資本の癒着』が一層顕在化し、国内の格差拡大に歯止めをかけることが極めて困難となった状況下において、共産党は『中華民族の偉大な復興』という排外主義と自民族優位主義の根ざした世界観をひろめ、格差に起因する不満を体制からそらして国外に向けることに巨大な労力と資金を注ぎ込むようになった。」(243頁)と指摘しております。なお、著者はこの「中華民族」という概念は19世紀に発明されたもので、それ以前の民衆は、決してこの概念の下にまとまった社会を形成していたわけではない、とも指摘しております。

 

 その8 二つのデイレンマと共産党の安全保障・軍拡

 

 江沢民政権は、沿海地区経済発展政策を推し進めて大規模な外資導入に成功し、それを一つの起爆剤として中国経済を活性化させた。中国国内の富は大きく膨れ上がり、中国国内さらには国外のメデイアでも「改革・開放」政策を順風満帆と見る論調が目立つ。しかし、その富の分配・再配分と言うことについては赤点を取った、と述べています。そこには二つの重大なデイレンマを挙げています。

 

 第一のデイレンマは富の分配・再配分に重大な欠陥を抱えたために農民暴動を含む群体性事件や労働争議の噴出である。都市部の工場に夢を託せなくなった出稼ぎ労働者の農村回帰による労働力不足と言う現象です。

 

 第二のデイレンマは第一のデイレンマに対応するためにとった、即ち国内のデイレンマの中和剤として共産党政権が用いた排外主義的なナショナリズムが中国の経済発展に不可欠な西欧諸国、特に日米との関係を不安定化させたというのが90年代以降の共産党の前に立ちはだかったこと。

 

 では、共産党は何故にロシアの一世代前の技術に依拠した軍拡を続けるのか、著者は以下の諸点を挙げます。

 

 第一に、共産党は中国国内からの一党支配に対する異議申し立てを暴力で封じ込め、米国を中心とする同盟のネットワークに力で対抗する意図を放棄しない限り党の軍隊の待遇改善と装備充実に手をぬくことはできないこと。

 

 第二に、米国と西欧主要国が中国に最先端の兵器を売ることを禁止している現在、共産党と解放軍から見ても、たとえ時代遅れになりつつあるロシア製の武器を購入し、それを参考に武器の自主開発をする以外の選択肢はないこと。

 

 第三に、解放軍の戦力は米国とその同盟国から成る戦力と真っ向から対決するには不十分であっても、台湾海峡南シナ海問題をめぐって中国と対峙している国々には威嚇・恫喝・牽制として有効であること。2010年の尖閣沖漁船事件では日本政府に対する恫喝がそれなりに効果があったことを学習してしまったこと。

 

 第四に、この軍拡は共産党既得権益派の手中にある巨大国有軍需産業にとっては恵みの雨であり、共産党の幹部に大金が転がり込む仕組みによっても支えられていること。

 

 第五に、この軍拡は、米国とその同盟諸国を中国との経済関係を維持しているがゆえに、共産党は軍拡を続ける資金を確保しているのであること。そして、著者は「おわりに」において、次のように記したおります。

 

 中国における格差拡大の責任を歴史に絡めて日米欧に転化するのではなく、日米欧との未来志向の関係を補強することによって中国に流れ込む「富」を拡大しつつ、農村の社会保障制度改革などをつうじて「富」の再分配の拡充につとめ、格差の縮小を図るという胡錦濤政権の「調和の取れた社会」「調和のとれた世界」の改革が成功を収めず、「上海閥」に対する挑戦は失敗し、習近平政権となった。その習近平は就任早々。「中華民族の偉大な復興」を実現するというものであった。

 

 そして、「40年以上の及ぶ日本の対中外交の試行錯誤を経て明白になってきたことは、共産党の自己変革能力というものは決して高くなく、矛盾山積の共産党が支配する中国との共存関係の構築は、暴風のなかで綱渡りをするほど難しいということである。・・(中略)共産党は、独裁に固執する限り、国内外に対する不安から解放されることはないし、独裁を続ける間は、中国の民間社会において日米に対する安心が定着するのを妨害し続けるであろう。なぜなら、そうした安心がひろがれば、民間社会の不満は共産党に集中するからである。・・(中略)日本国内の議論をみると、少なからぬ論客が尖閣問題をそうした緊張増大の主要因とみなし、同問題を以前のように「棚上げ」状態にすることができれば海洋における緊張は解消されるという見通しを示している。しかし、それはことの本末を取り違えた話といわざるをえない。中国で展開されている軍拡というものは、尖閣問題の処理の仕方で左右されるような性質の問題ではない。それは、現代中国の政治構造に直結した問題であり、共産党が統治を続けるうえで欠かせない営みとなっている。」(330~36頁)

 

 以上が本書等を通じて、私なりに共感と賛同を覚えた諸点ですが、著者の観点・視点を誤解しているかもしれません。本書にたち帰りお読み頂くことが必要なのかもしれません。

 

おわりにあたり

 

 今回も長々と書き連ねてしまいました。著者も指摘しておりますが、日中関係をどう捉えるかという問題は、個々人の情報量、その入手経路、その人の価値観などによって大きく左右されます。従い、著者の観点・視点・指摘にも多くの批判もあるとは思います。私は僭越ながら深く共感・賛同するとともに、人民解放軍の軍事力の現状を垣間見た感じです。

 

 本題とは離れますが私を含め平和ボケになっている、この日本の現状、その先行きに大きな危惧を抱いております。平和、平和と叫んでも平和は実現しないこと。国民を守るためには国はどうすべきなのか、どうあるべきなのか。共産党独裁政権の中国、朝鮮半島の国を隣国とする日本は本当に真剣に一人一人が考え、何を為すべきなのか、自国の問題として考えなければならない状況下にあると、私は考えております。

 

  毎度の言い分で恐縮しますが、世論形成に大きな影響を及ぼすマスメディア、そして、そこに登場する識者・ジャーナリストと称される人々の、正義をかざすかの如き言動に、私は大きな問題を感じております。それは正義とは大きく異なる商業主義にどっぷり浸かった姿だけなのではないでしょうか。

報道の自由言論の自由、正義、さらには民主主義とは何か、民主主義のはらむ問題は何か、等々、ひとりひとりが考え直すこと、他人任せにしないこと、そんなことを本書を読みながら、改めて感じたところです。

 

 2019年3月16日

 

                          淸宮昌章

 

参考図書

 

 阿南友亮「中国はなぜ軍拡を続けるのか」(新潮選書)

 デイヴィッド・アイマー「辺境中国」(近藤隆文訳 白水社)

 楊海英「モンゴル人の中国革命」(ちくま新書

 顔伯鈞「暗黒・中国からの脱出」(文春新書)

 橘玲言ってはいけない中国の真実」(新潮文庫)

 中澤克二「習近平帝国の暗号」(日経新聞出版社)

 同   「習近平の権力闘争」(同上)

 ロバート・D・カプラン「南シナ海 中国海洋覇権の野望」

                                                                        (奥山真司訳 講談社)

  安田峰俊「八九六四 天安門事件は再び起きるか」(角川書店)

  毛利和子「日中漂流 グローバルパワーはどこへ向かうか」(岩波新書)

  服部龍二日中国交正常化」(中公新書)

  天児慧「日中対立 習近平の中国をよむ」(ちくま新書

  杉本信行「大地の咆吼 元上海総領事が見た中国」(PHP

  麻生晴一郎「変わる中国 草の根の現場を訪ねて」(潮出版社)

  稲垣清「中南海」(岩波新書)

  石平「中国人の善と悪はなぜ逆さまか」(産経新聞出版)

  その他’

                            以上