清宮書房

人生の大半を過ごしたとも言える昭和を自分なりに再検討し、今を見てみようとする試みです。

木村幹・田中悟・金容民「平成時代の日韓関係」を顧みて              

木村幹・田中悟・金容民「平成時代の日韓関係」を顧みて

 

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はじめに

 

 その1

 

 日韓関係の問題については、2015年3月の弊ブログの始めの投稿である木村幹著「日韓歴史認識問題とは何か・・歴史教科書・慰安婦・ポピュリズム」(2014年10月発刊)を取り上げ、その後も、最も多くの関連した投稿をして参りました。日中関係と並び、日韓問題は私の大きな関心事でもあります。

 上掲の著書は木村幹氏の前作に続くもので、木村氏他、韓国の学者の方々がそれぞれテーマに沿って執筆された作品です。尚、木村幹著「日韓歴史認識問題とは何か・・」では第二次世界大戦から2010年初頭までの状況を考察し、論じられたものです。

 

 方や、上掲の著作は、この「平成」という時代において、日韓両国の関係はなにゆえに大きく悪化せねばならなかったのか。そして、この時代には両国の間にどのような出来事があり、両国はどうして状況をうまくあつかうことができなかったのか。そこにはどのような試行錯誤があり、なにゆえ関係改善を求めた人々の努力は成果を上げることができなかったのか。そしてそこから我々は何を学び、次なる「令和」の時代に生かしていくことができるのか。(本書Ⅴ頁)

 

 との問をもって記されたものです。極めて貴重な論述集ですが、残念というか当然というか、日韓の学者先生の中でも相違、認識の違いがあります。日韓両国は地理的には最も近いにも関わらず、両国の関係改善は世代が変わっても極めて難しいとの印象を私は強く持っております。

 尚、本書の第7章を執筆された李元徳氏は木村幹教授の4歳上で1962年に韓国で生まれ、東京大学で国際関係論(博士)を専攻され、現在は国民大学校グローバル人文地域大学教授です。氏が本書の「むすびにかえて」の中で、「僕は日韓関係は構造的に悪化するという木村史観に反対したい」と述べ木村・澤田克己両氏が失笑をもらした、との挿話も記述しております。

 

 その2

 

 李明博元大統領の2012年8月の「天皇は韓国を訪問したがっているが、独立運動で亡くなった方々を訪ね、心から謝るなら来なさい」、との所謂、天皇謝罪発言は戦後の日本の在り方を全て否定するかの如く私は感じ、また多くの日本人も大きく反発と共に決定的な嫌悪感を韓国に抱いたのではないでしょうか。

 

 木村幹氏は本書の「プロローグ」の冒頭で、韓国人にとり昭和天皇はどのような意味を持っているのか記されております。木村氏の観点ではなく、韓国人の方々の見方ですが私は重要と考え、以下ご紹介致します。

 

 昭和から平成へ。この時期の日韓関係を理解するためには、まず「昭和」という時代が、日韓両国の人々にとってどういう意味を有していたかを考える必要がある。そして、この点において重要なのは、「昭和」が第二次世界大戦の以前と以後、また日韓関係においても日本による朝鮮半島の植民地からの開放以前と以後の双方にまで、またがって存在していることである。だからこそ、「昭和」の終焉は朝鮮半島の人々にとっても特別な意味を有していた。・・(中略)韓国の人々にとって「ヒロヒト」は、それ以上の意味を持った存在であった。1910年から45年までの35年間、日本の植民地支配を受けた彼らにとって、「ヒロヒト」・・植民地支配下の朝鮮では天皇が諱で呼ばれることはなかったが・・その二分の一以上の20年間にわたり、「彼らの元首」として君臨した人物だったからである。昭和天皇が崩御した1989年の段階では、第二次世界大戦の終結に伴い朝鮮半島が日本の植民地から解放されてからいまだ44年しか経っておらず、「ヒロヒト」の名は、当時50歳以上であった韓国の人々にとって、植民地支配に関わる自らの生々しい記憶とともに存していた。

 ・・(中略)だからこそ植民地支配からの解放後、44年を経た段階でのヒロヒトの死は彼らに複雑な感情をもたらした。韓国人にとって「ヒロヒト」や「ショーワ」は日本の植民地支配と共にあったのであり、40年以上も昔の「過去」に属するものだった。しかし、かっての朝鮮半島を植民地として支配した日本では「ヒロヒト」はその後も天皇として君臨を続け、おなじ「ショーワ」と呼ばれる時代が継続した。そこから彼らが感じたのは、過去と現在が混在する「奇妙な時間感覚」だったと言えたかもしれない。

 韓国の人々の「ヒロヒト」の死への思いをさらに複雑にしたのは彼が君臨する日本が、悲惨な第二次世界大戦の敗北から劇的な復興を遂げ・・(中略)経済発展した民主主義国へと変貌したことだった。昭和天皇が崩御した1989年は、日本においては80年代のバブル景気が最高潮に達した年であり、「21世紀は日本の時代」というカーンの言葉がいよいよ現実になりつつあるのではないかという観測が、日本国内外で盛んになされていた。(1~3頁)

 

 如何思われるでしょうか。敗戦後も天皇が君臨する、との観点は極めて異質の思いを私は持つのですが。

 

 日本自らが招いたといわれる先の戦争において、日本人の内外の戦没者は310万人とも言われております。外地のみならず、戦場となった沖縄では民間人10万人を合わせ30万人の死者。加えて、本土の主要都市は悉く焼き尽され、広島、長崎では原爆投下等々。続いて占領の7年間、そうした中で戦後の日本の復興があるわけですが、「敗戦後も天皇が君臨する等々」はそうした戦後の日本への視点は全くないように、私は感じるのです。加えて、木村氏は多くの韓国人はいまだ現実の日本についての知識に乏しく、それゆえに植民地支配期のイメージを色濃く投影し、当時の日本について考えざるをえなかった、と記されております。そして、韓国外交部のシンクタンクである外交研究院教授は昭和天皇崩御後に次のように記しています。

 

 近代韓日関係史の展開と定義という点から見れば、ショーワの死は、日本軍国主義による植民地統治による植民地統治に始まる韓日不平等時代の完全な終わりを示すものであり、同時に、「新たな国王」による「新たな韓日現代史」の未来志向的な展開を意味するものになるだろう。(朝鮮日報 1989年1月8日)(本書6頁)

 

 皆さん如何思われますか。戦前・戦後の日本のとらえ方、天皇を「新たな国王による」との表現等に見られる韓国人の方々の観点に私は大きな相違、違和感を持ちます。

 

本書のまえがき

 

 毎日新聞の記事データーによれば「過去最悪の日韓関係」とのフレーズが最初に同紙で使われたのは、1997年2月とのことです。当時は1995年に発足した「女性のためのアジア平和国民基金」が韓国在住の元慰安婦らに対する見舞金を支給した直後であり、金泳三政権は、当初こそこの基金設立に歓迎を見せていたものの、その方針を撤回。一段落したかに見えた慰安婦問題が再び本格化していく時期でもあった。方や日本では「新しい教科書をつくる会」、所謂自虐史観への批判を本格させていた。

 それから23年後の現在、日韓関係はこれまでとは異なる段階に突入した。その大きなきっかけは2018年10月の元徴用工問題に関する韓国大法院による「植民地支配違法論」に基づいて、原告の被告日本企業に対する慰謝料請求権を認めることになった。問題が本当に深刻になったのは、日本側の強い反発にもかかわらず、その後、韓国政府はその問題に、いかなる措置も取ろうとしなかったのである。2019年7月、日本政府はそれに対抗するが如く「韓国に対する一部半導体関連産品に「輸出管理措置」を発表。方や、韓国はその措置を実質的な輸出禁止措置の発動と捉え、韓国での日本製品ボイコット運動、日本への旅行を控える運動、更には日韓秘密軍事情報保護協定の破棄へと連なっていったことです。

 

 この2018年秋から2019年夏までの動きは、従来の日韓の最悪関係の様相とは異なり、日韓両国間の対立が歴史認識問題から経済問題、更には社会的交流や安全保障を巡る問題へと、従来の分野を超えて拡大していったことであった。尚、本書ではその「平成」という時代に日韓関係は何故に大きく悪化していったのか。そこから我々は何を学び、次なる「令和」に時代には生かしていけるのか、それを問おうとしていくわけです。

 

そして歴史認識問題(慰安婦問題)

 

 尚、歴史認識問題という概念に付き、細谷雄一氏「歴史認識問題とは何か」の中で慰安婦問題を取り上げております。本題からは少し外れますが、本書とも関連があり、且つ重要な指摘なので敷衍して参ります。

 

 1980年代の韓国において、慰安婦問題が日韓の外交問題として浮上することもまた、そのようなポストコロニアリズムやフェミニズムの運動と無縁ではなかった。このような思想的な潮流が新しい問題意識を生み出し、韓国における政治運動や、歴史認識をめぐる新しい趨勢へと少なからぬ影響を与えていった。それはまた、韓国における民主化による新しい主張の噴出と、時期を同じくしていた。歴史認識問題が、限られた職業的歴史家の閉じられた世界から飛び出して外に出て行き、政治の世界に深刻な影響を及ぼす新しい時代が到来したのだ。・・(中略)神戸大学教授の木村幹は、1980年代に「キーセン観光」として日本人観光客が数多く「買春」目的に韓国に行ったことへの韓国内の反発について、次のように述べる。「かって軍事力で自分たちを支配した人々が、今度は経済力にものを言わせて、韓国の女性を「買い」にやって来る。彼女らは、こうして日本人に反感を新たにし、またその日本人を、諸手を挙げて歓迎する、時の政権に反発した.・・(中略)1980年代におけるフェミニズムとポストモダニズムという新しい二つの思想的潮流が、歴史認識問題の息吹を与えて、日韓関係に巨大な暗い影を落とす。このように、従来の伝統的な、歴史的事実の基づく歴史学ではなく、自らの運動を実践するための手段として、「歴史」が用いられるようになっていく。正確な史実に基づく歴史を明らかにするよりも、過去の「事実」をシンボルとして操作的に利用することによって、自らの望む方向へ現実を動かそうとする運動なのである。だとすれば、韓国側が現代の日本政府の歴史認識に関する姿勢を批判するに対して、日本側がその歴史的事実の不正確さを批判したとしても、うまく「対話」がかみ合うはずがない。そこでは、「歴史理論」をめぐる考え方が余りにもかけ離れているからだ。(本書45から46頁)

 

 尚、朝日新聞がこの慰安婦問題を率先して取り上げてきたものの、2014年8月5、6日の両日に亘り、慰安婦問題に関わる過去の報道内容が「誤報」であったと自ら認める特集記事を掲載した。朝日新聞は自らの過去の報道をめぐる議論を沈静化させる意図であったろうが、逆に議論を活性化させ、日本国内で慰安婦への関心をさらに隆まさせる結果となったのです、と記されております。

 

 この現実は、ただ、朝日新聞が謝まれば済む問題ではなく、少なくとも朝日の経営陣は総退陣すべきだったのではないでしょうか。そして報道とは何か、メデイアとはどんな影響を及ぼすのか、その原点に返って出発すべきであったと私は考えます。朝日新聞は反政府というより、反国民との印象を私は強く思うのです。言論機関との言葉がいつの間にか消え、報道機関としての存在も消えかかろうとしている現在、新聞各社は経営的観点から記事にする傾向があるのではないでしょうか。新聞各社が巨大化した一つの弊害ではないでしょうか。しかも新聞記事は世論を形成する上で、今でも大きな影響力を持っているのです。それを規制するものは新聞各社の良心に頼るしかない現実、と私は思うのです。如何思われるでしょうか。

 

本書の構成

 

 本書は平成の時代「1989年から30年間」の日韓関係史の記述です。結論を言えば、1965年の日韓国交正常化を踏まえ、1998年に日韓パートナーシップ宣言が出されたものの、日韓関係は常に振り出しに戻り、ゴールが動く、否ゴールのない「常態」が続く。私にはこの平成時代を顧みるなか、共産党独裁政権中国の更なる進展と共に、韓国の経済がより強くなればなるほど日韓関係は悪化するとの思いです。地理的には朝鮮半島国家を最も近い隣国に接する我国は実に難しい時代の局面に入った。日本は極めて厳しい現状にあり、価値観を共有する諸国との連携をさらに強めることが重要との印象を強く持ったところです。

 

 本書の構成は、第一部・相互信頼から相互不信へ、第二部・対立激化への展開、むすぶにかえて、あとがき から構成されております。今回も本書の全体を紹介するのではなく、韓国の学者が書かれた第7章・「慰安婦」問題解決への合意、第8章・始めから掛け間違えたボタン、他を中心に記して参ります。

 

その1 第7章・李元徳による「慰安婦問題解決への合意」

 

 2011年の憲法裁判所の決定の主文は以下の通りです。

 

 請求人らが日本国に対して有する日本軍慰安婦としての賠償請求権が「大韓民国と日本国の財産及び請求権に関する問題の解決と経済協力に関する協定」第二条第一項により消滅したか否かに関する韓日両国間の解釈上の紛争を、上記協定第三条が定める手続きに従い解決せずにいる被請求人の不作為は違憲であることを確認する。(237頁)

 

 即ち、この時までの日韓両国の外交関係が、主として両国の行政府の働きによって形成されてきたが、韓国側にとっては、これ以降は韓国行政部と異なる判断を示す韓国の司法部の判断が影響することになったのです。日韓合意したはずの全ての慰安婦問題合意が違憲との判断になった訳です。このことはその他の日韓合意事項にも大きな影響を与える可能性が出てきたわけです。

 

 そして2013年2月、朴槿恵大統領が就任し、その10日後の韓国独立記念日の以下の演説が行われます。

 

 韓国と日本、両国間の歴史も同様です。過去の歴史の正直な省察がおこなわれる、共同繁栄の未来も共に拓くことが出来ます。

 加害者と被害者という歴史的な立場は、千年の歴史が流れても変わることはありません。日本が我々と仲間になり、21世紀の東アジア時代をけん引していくためには、歴史を正しく直視し、その責任を負う姿勢が必要です。

 そのとき初めて、両国間堅固な信頼が蓄積することができ、真の和解と協力も可能になるでしょう。

 両国の将来の世代までに、過去の歴史の重荷を消去はできません。私たち世代の政治指導者の決断と勇気が必要なポイントです。

 韓国と日本が痛い過去を一日も早く治癒し、共存共栄の未来に向けて共に進むことができるよう、日本政府は積極的な変化と責任ある行動をする必要があります。(『京郷新聞』2013年8月16日、247~248頁)

 

 皆さん如何思われますか。私は歴史事実と歴史認識とは大きく異なる概念であり、この演説は韓国側の歴史認識を押しつけるもので、演説はかえって日韓の関係を損なうものに繋がったと思うのです。況んや、千年云々はこれから先の両国間の関係改善は不可能なことだ、と私は逆に思うのです。

 

 その後、アメリカの度重なる仲介もあり2015年12月に慰安婦合意に到りますが、2016年末には、一部市民団体が在釜山日本総領事館前に少女像を設置したことにより、日本側は駐韓大使を一次帰国させ、スワップ協定をめぐる協議も中断。結果、日韓関係は再び2015年の合意以前の状態に戻り、両国の国民感情はさらに悪化した、と李氏は記しております。

 

 そして、李氏は次のように記してこの章を閉じております。

 

 朴槿恵政権の対日外交は、歴史過剰外交で、慰安問題解決を日韓関係改善の前提条件として掲げる「歴史原理主義」的な対日外交が展開され、首脳間の会談すら、慰安婦問題解決と結びつける戦略が駆使されたため、それ以外の外交、安全保障、経済、文化、人的交流等といった他の課題での協力は後回しになった。日韓関係の険悪化と冷え込みが長期化するにつれ、韓国の国益の損失が発生し、その副作用は次第に増大した。また、対米外交においても日本に圧力を掛けさせることに成功するものの、ワシントンでは、韓国は過度に過去の歴史に拘る国だとの認識も生まれ、「歴史疲労」「韓国疲労」と呼ばれる現象が広がることにもなっている。そしてこの重い状況を受ける形で、次の韓国政権下における日韓関係は開始されることになった。

 

その2 第8章・金容民による「始めから掛け違えたボタン」

 

 金容民氏は1971年生まれ、建国大学中国研究院助教授ですが、氏の論述を私なりに要約し、以下ご紹介致します。

 

 2017年は朴槿恵大統領と実業家による「国政壟断」事態に抗議する「ろうそくデモ」が全国で広がり弾劾が進められ国政は中断。釜山の日本総領事前に新しい少女像が建てられ、長嶺安政大使は長く本国に召還される等々、日韓の外交交渉は停止状態。韓国史上稀に見る激動の年であった。

 

 そして、2017年5月、文在寅大統領の新政権が始まるわけですが、日本側では、マスメデイアを中心に文在寅政権を反日・親北政権と認識する姿勢が目立ち、日韓関係は悪化するという予想が多かった。尚、対日外交方向性は次の四つに要約できるとのこと。

 

  • ツートラックで韓日関係にアプローチする。慰安婦問題でも徴用工問題でも原則的には厳しく追求するが、歴史以外の懸案には実質的で実務的な次元で協力を推進する。
  • シャトル外交復元を通じて首脳会談を元通りに行えるようにする。
  • 北朝鮮の核・ミサイルの問題に関しては、アメリカともに日本とも緊密な協力関係を築く。
  • 未来志向的観点に立ち、実質的な分野から協力をもっと促進していく。

 

 しかし、北朝鮮と韓国の南北関係が良くなり、日本との軍事的協力の必要性が下がってきた2018年からは日韓の関係は全面的に違う局面になり、歴史認識問題のみならず安全保障まで摩擦が一気に表面化していきます。

 

 1.「2015年の慰安婦合意には手続き的にも内容的にも重大な欠陥があることが確認された。・・これは歴史認識問題解決において確立された国際社会の普遍的な原則に背くだけでなく、何よりも被害者当事者と韓国国民が排除された政治的な合意だった.・・現実に確認された非公開合意の存在は国民に大きな失望を与えた。」。と文在寅大統領は大きく変転します。従い、被害者たちを無視した合意であるため、事実上合意を守る義務はない。日本政府が提供した「和解・癒やし財団」の基金10億円は韓国政府の予算で充当していくことに到り、その財団は2019年7月に正式解散。

 

 2.加え、2018年10月30日、新日鉄住金の徴用工問題が韓国大法院(最高裁)は原告4人を逆転勝訴させた差し戻し判決を支持し、新日鉄に原告一人当り1億ウオン(訳1000万円)の支払いを命じた判決。そして、新日鉄の資産差し押さえの手続きに入ります。

 

 3.能登半島沖における警戒監視中の海上自衛隊第4航空軍所属P-1哨戒機への韓国海軍駆逐艦からの火器管制レーダーの照射。

 

 4.さらに加え、文喜相韓国国会議長のアメリカでのインタビューでの「点皇を戦争犯罪の主犯の息子」、帰国してからも日本に対する批判は緩めず、「謝罪する側が謝罪せず、自分に謝罪しろと言うのは矛盾だ」との発言。

 

 文在寅政権の発足から今日までの韓日関係は、1965年の韓日国交正常化以来の史上最悪の評価も出ている、とのこと。そして、金容民氏は次のように述べ本章を閉じています。

 

 今までの加害者・被害者の構造ではない「普通」の隣国同士での新しい韓日関係を築くことから始めないといけない時期に来ていることを見てきた。慰安婦問題をはじめとする歴史認識問題や、レーダー照射問題に代表される軍事協力の問題まで、多くの問題を抱える今日の韓日関係のあり方は、日韓両国が新たな歴史のとば口に立っていることを象徴しているのかもしれない。(282頁)

 

その3・三氏の鼎談・むすびにかえて

 

 木村幹、李元徳、澤田克己氏による鼎談・平成以後の日韓関係を振り返る、という興味深い鼎談が行われます。印象深く感じたことを以下、記して参ります。

 

 李氏は90年以降の日韓関係の構造的変化として、1・冷戦の終結、2・韓国の民主化、3・中国の台頭、4・韓国の経済成長を挙げます。即ち、「反共的」な連帯としても韓国は日本からの経済協力は重要で、安全保障においても日本との関係が重要であり、従い90年以降に日韓の対立の原因となったナショナリズムは抑えられていた。そこに、韓国の民主化が起こったことで、歴史問題、慰安婦問題も女性の人権問題、更に徴用工問題も被害者救済や人権問題の側面で爆発的に増えたこと。そして中国の台頭と韓国経済が大きく成長し、日本はアメリカに次ぎ重要な存在から相対的に小さくなったこと。その中国について、韓国側の歴史的見方を次のように記しております。

 

 16世紀における「世界的にも大きな戦争」であった朝鮮出兵です。(即ち文禄・慶長の役です)この事件は今の日本ではあまり重要視されていないようですが、当時の朝鮮では600万の人口にうち半分が殺され、とも言われている。・・(中略)そしてその時に朝鮮王朝が頼ったのは中国の「明」でした.・・(中略)この歴史的な経験は韓国人にとってはとても大きくて、政府が強制する、しないと関係なく、潜在的な意識として残っている。つまり、日本との関係をうまく持っていかないと大変なことになる。そしてその日本との関係をうまく持っていくためには中国の存在は重要だ、というパワーバランス的な考えが依然としてあり、それが韓国人が日本と中国との関係を考える前提になっている。でも、日本にはそういう見方はない。注目すべき違いだと思います。(303頁)

 

 如何思われますか。私には強い違和感とともに中国への想いにもその中国と韓国の歴史を見て不自然さを感じるのです。

 

 確かに文禄・慶長の役は韓国に大きな悲劇をもたらしたことは事実としても、秀吉軍は数万で、300万近い韓国の人々が殺された、とのことです。それは先の大戦において日本人の内外の戦没者約300万人に相当しますが、近代兵器のない16世紀の時代で可能なことなのでしょうか。それが連綿と語り続けられているとの韓国の現実に、朴槿恵大統領の「加害者と被害者という歴史的立場は千年の歴史が流れても変わることはありません」と同様、日本がこれから何をしても日韓関係の改善は不可能との思いです。

 

 正に前段と述べた細谷雄一氏が指摘される「歴史的事実に基づく歴史学ではなく、自らの運動を実践するための手段として、歴史が用いられる」ことではないでしょうか。李氏は「日韓関係は構造的に悪化する」という「木村史観」には反対とのことですが、私は別の面で、日韓関係の改善は世紀を超えても改善しないと思わざるをえません。

 

 更に中国との関係に敷衍しても、私は疑問を抱かざるをえません。前回の投稿・姜尚中「朝鮮半島と日本の未来」でも紹介しましたが、13世紀の元のフビライによる日本征服の野望の中、当時の高麗国全土(今の朝鮮半島国家)は元の兵站基地と化し、国民は疲弊の極に達する、その歴史を描いた井上靖の「風濤」です。「風濤」は歴史書ではありませんが、全くの虚構の作品でもありません。

 従い、日本との関係をうまく持っていくためには中国の存在は重要だ、との解説は私には不可解に写るのです。元は中国ではない、と言わればそれまでですが、元の軍隊として活用されたのは高麗国の兵士で、例の台風に遭いその軍隊は壊滅的打撃を受け、日本から去っていたのです。私はむしろ半島国家は中国に対し歴史的にも潜在的な恐れのほうが強い、抗いできないというのが半島国家の歴史ではないでしょうか。そんなはずはないと言えばそれまでですが。

 

おわりあたって

 

 金容民氏は本書の「あとがき」で次のように記されております。

 

 要約しますと、鼎談で木村幹氏が「日韓関係は構造的に悪化する」という見方は少なくとも平成期に限って見れば、異論の余地のない事実である。方や、冷戦終結と民主化に加え、注目すべきは今の政権の中心には所謂「三八六世代」(注・1960年生まれ、80年代に民主化運動を体験し、90年代には30歳)が市民団体や運動団体だけでなく、与野党の「制度圏」と呼ばれる政治領域にも入ってきたこと。権威主義政権の下での権力に激しく反発した彼らが冷戦終結とソ連崩壊を契機にマルクス主義的で民族主義的な統一戦略を捨て、民主化した韓国政治に登場した。それは、戦前日本の教育を受け、基本的には日本語ができて日本側との個人的人脈を持っていた、いわゆる「三金世代」とは根本的に質の異なる対日感を持つ新世代が登場した。彼らにとって「日本」とはアジアの隣国の一つに過ぎない。民族主義的な観点から「過去を反省しない国」と認定することによって日本に対して道徳的優位を感じるのは、彼ら「三八六世代」が抱く独特な日本観である。特に日本に例のない「権威主義体制を倒して民主化を成し遂げた」世代としての彼らの高いプライドは、平成期の日韓関を語るのに欠かせない要素でしょう。

 

 そして、本書の「あとがき」の最後に、2002年ワールドカップ以後に生まれた世代には、「日本に学び、追いつき追い越せ」といった肩に力の入った高揚感も、母国を背負って立つような悲壮感もなく、まったく普通の「隣の国」として日本を見ている。政治的に日韓関係が険悪になっても、何の躊躇もなく日本のアニメや文化を楽しんでいる。令和の時代には、ニューノーマルな普通の隣国関係が形成されると、としております。

 

 如何でしょうか。残念ながら、私にはそのような希望は持てないのです。戦後一貫して反日教育を続けてきた歴史は、何かことが起これば、いっぺんに反日となり、その先頭に立つのがその若者ではないでしょうか。それが戦後75年の歴史と私は考えざるをえないのです。

 

 私は幾度となく敷衍してきたのですが、共産党独裁政権の中国が更なる拡張・拡大を続ける中にあって、日本の取るべき道は価値感を共有する諸国との更なる連携強化と考えます。韓国は重要な隣国であることは変わりませんが、「韓国による歴史認識」に立たなければならぬ、という現実は価値観を共有できるとは思えないのです。残念ながら日韓の間でつくられた政府間条約も、合意も全て白紙とされる「常態」にあっては、日韓改善は世紀を超える課題と考えます。更に敷衍すれば、朝鮮半島統一を願いますが、統一の方向へと向かう中、反日、反日本国民的な在日韓国人は更に増え、日本のみならず海外でも反日韓国人は増すのではないでしょうか。日本は新たな問題に直面し、極めて厳しい状況、環境に置かれ、その新事態にどのように対処していくかが問われると想います。

 

2020年10月18日

                         淸宮昌章

 

参考図書

 

 木村幹・田中悟・金容民編「平成時代の日韓関係」(ミネルヴァ書房)

 木村幹「日韓歴史認識問題とは何か」(同上)

 同  「韓国現代史」(中公新書)

 細谷雄一「歴史認識とは何か」(新潮選書)

 澤田克己「韓国大統領 文在寅とは何者か」(祥伝社)

 同   「韓国『反日』の真相」(文春新書~

 李栄薫編「反日種族主義」(文芸春秋)

 久保田るり子「反日種族主義と日本人」(文春新書)

 呉善花「反日・愛国の由来」(PHP新書)

 同  「侮日論」(文春新書)

 井上靖「風濤」(新潮文庫)

 姜尚中「朝鮮半島と日本の未来」(集英社新書)

 他