清宮書房

人生の大半を過ごしたとも言える昭和を自分なりに再検討し、今を見てみようとする試みです。

松富かおり著「エルドアンのトルコ」(中央公論社)を読んでみて

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 松富かおり著「エルドアンのトルコ」(中央公論社)を読んで

 

はじめに

 

 本書が発刊された2019年7月25日の三日後、偶々、日経新聞がトルコによるロシア製の地対空ミサイルシステム「S400」の搬入に対し、米、トルコは亀裂を広げるな、との社説を載せました。トルコはNATOの加盟国であり、人口は8400万人、中東最大の経済規模を持ち、2018年にトルコが米国人牧師を拘束した際に米国が発動した制裁は通貨リラの急落を招き、その余波はアルゼンチンやインドなど他の新興国に及んだと、しています。

 続いて、日経新聞によれば今月の10月10日、11日との米国が支援していたシリア北部のクルド人勢力のシリア民主軍にトルコ軍が空爆を始めた、との報道がされました。アメリカ軍が当該地区から撤退したことも、ひとつの発端とは思います。米国は関与しない方針とのことでしたが、このままではこの戦闘は収まることはないでしょう。一方、EUはトルコ軍作戦の一方的中止を求める声明を出すものの、エルドアン大統領の強硬姿勢は何ら変わらず、クルド人のみならずトルコ国民、及び周辺諸国の国民は日を追って極めて深刻な状態に陥っております。「他国においてアメリカ人の血を流さない」との考え方は、特別異常な考え方とは、私は思ってはいません。むしろ、こうした考え方はアメリカでも広がっていくのではないでしょうか。

 尚、クルド人は3000万人の人口を持ちますが、自国を持たない世界で最大の民族とのことです。ロシア、中国への傾斜を強めるトルコの現状により、中東諸国のみならず、世界は極めて不穏な状況下となりました。

 私がトルコに関心を強く持ち始めた、ひとつのきっかけは本書「エルドンのトルコ」目にしたことにあります。トルコがオスマン帝国に起源を持ちながらも、帝国内の混乱等により力を失い、加え、第一次大戦ではドイツ側に立った為もあり、帝国は崩壊。その後、ケマル・パシャが独立軍を指揮し、類い希な軍事的才能で勝利。1923年に共和国を打立て、その後はNTOに参加し、中東の大国として共産国への防波堤としても、その役割を果たしてきました。私はトルコが親日的な国との印象は持つものの、何か遠い国との印象は拭えず、大きな関心も抱いてこなかったのが実情でした。

 そのような中、この7月、松富かおり氏が本書を発刊したわけです。前ポーランド大使夫人、前イスラエル大使夫人、加えて、ポーランドのSHOM(大使の夫人会)の会長等々としても活躍。2018年帰国後はジャーナリストとして本格的に活躍を始められました。氏は国際情勢をフェイスブックにも情熱を込められた投稿を続けられております。氏の正義感あふれる投稿に私は強い共感を覚え、毎回拝読しております。氏は現地にも度々訪れ、長年に亘る調査・研究のひとつの成果として本書が発刊されたのでしょう。私がフェイスブック上での友達という縁も重なり、今回、本書を取り上げた次第です。

 

その1.本書の構成

 

 本書はその「まえがき」で、三つの歴史的必然性を挙げます。第一章・クーデター未遂事件、第二章・二つのトルコ、第三章・さらに進むエルドアンの強権政治、第四章・トルコの外交、第五章・米中覇権戦争の中のトルコ、第六章・米中覇権戦争が熾烈さをます中、トルコで起こっていたこと、第七章・今後の世界、と続き、そして、あとがき、いう構成です。

 今回も本書の全体を紹介するのではなく、私なりに理解したこと、更には強く共感を覚えた箇所、更には私なりの思い、感想等を交え、記して行きたいと思います。

 著者はその「まえがき」で本書の意図・目的並びに視点・観点を次のように記しております。

 今私達は三つの大きな歴史的必然性の時代を生きている。

 第二次世界大戦後の世界をリードしてきたのは「自由民主主義(リベラル・デモクラシー)」の思想であり、それを支える「法の支配」、「基本的人権」、「言論、思想、報道の自由」、という価値観だった。冷戦の終結によりこれらの価値観を基にした「秩序」が安定するかに見えた。しかし、この秩序は現在、大きな挑戦を受けている。それが最も明確に現れているのがロシアと西側の「第二の冷戦」であり、今世紀の覇権を賭けた「米中覇権戦争」だ。この二つが我々が住む世界を「ニュー・ノーマル(新しい常態)」に変えつつある。(中略)

 第二の「歴史的必然性」は、強権主義とポピュリズムの台頭だ。・・(中略)市場経済を国の柱に据え、急激な経済的発展を遂げ、グローバリゼーションが進んだ社会では、必ず「グローバリゼーションから取り残された人々」が生まれ、社会の格差が広がる。グローバリゼーションから取り残された人々の不安な心に、神の前で全ての人間は平等であると説く宗教や、補償的なアイデンティティーを与えてくれる民族的な「ナショナリズム」が入り込み、多くの人の心を支える柱になっていくのもまた、様々な国で見られる傾向の一つといえる。・・(中略)今、世界中で広がる「強権政治の台頭」も、ヨーロッパ諸国で見られる「ポピュリズムの台頭」も、市場経済が広がる社会で、中間層に余裕がなくなり没落しようとする中で起こった現象なのではないか。・・(中略)民主主義の揺らぎに追い打ちをかけたのが、共産党独裁の中国による国家資本主義の経済的成功だった。この「成功例」が他の途上国にも「これで良いのではないか」という疑念を抱かせた。・・(中略)

 第三の必然は、イスラム世界のイスラム回帰だ。・・(中略)ケマル・アタチュルクの「世俗主義」から、近代化に成功し、市場経済の導入により中進国へとめざましい発展を遂げたトルコもまた、今まさに「イスラム的価値観を中心に据えた国」へと回帰しつつある。・・(中略)トルコという一つの国の変化がどのように起こってきたのかをつぶさに見ていくことが、今の世界を理解することに繫がると筆者は考えている。・・(中略)トルコがどのようなプロセスを経て変容したかをつぶさに見ていくことは、世界中で起こっている「強権政治の台頭」やムスリムの人々の「イスラム回帰」を読み解く鍵にもなる。(本書7~11頁)

 私は、まず、この「まえがき」に強い印象を覚えると共に、少し観点が異なりますが1998年に発刊された、佐伯啓思著「アメリカニズムの終焉」を改めて思い起こしもしました。

 そして、著者は、トルコが大きく変貌するきっかけとなった2016年のクーデター未遂事件、その後へと本書を展開していきます。

 

その2.クーデター未遂事件

 

 尚、私は現エルドアン大統領が国賓としても日本を訪れており、何か親しみを覚えていたのですが、本書を読み進めていく中で、その印象は大きく変わってきております。著者はトルコ政府と近い関係にあるというカタールアルジャジーラの衛星放送テレビの動画を克明な時間の推移で記述し、紹介していきます。その中で、著者の長年に亘るテレビ上で培われた経験をもとに、そのテレビアングルの不自然さをも指摘し、あたかもドキュメンタリー映像を観るように、1999年にアメリカに亡命したイスラム穏健派のフェットフッラー・ギュレン師が首謀者とされるクーデター未遂事件(2016年7月15日から16日)を記述していきます。

 エルドアン大統領は即座にギュレン師の陰謀と断定し、その事件後の数ヶ月後の国会演説で、「トルコ共和国にとって、7月15日のクーデーター未遂鎮圧は『第二の独立戦争』であったと発言している。『正に新しいトルコ共和国の建国神話』作りだ。第一ボスポラス大橋として知られた吊り橋は、クーデター未遂事件以降『七月十五日殉教者の橋』と名を変えた。封鎖した反乱軍兵士に抵抗し命を落とした市民を『殉教者』として社会の記憶に植え付けるためだった。」(65頁)と記しています。

 加えて、果たして250名の市民の殉教者は正しく必要であったのでしょうか、とも記しています。

 尚、著者はこの未遂事件をトルコ情勢に長けているという、ドイツの二つの雑誌、「シュピーゲル」及び「ツアイト」の記事への言及。更には著者自身がトルコを訪れ、調査・研究した上で、そのクーデター事件の不自然さを指摘していきます。

 その事件後に発生したその現状は報道への弾圧、密告社会の出現であり、強権・圧政政治、所謂「政府、議会、司法の三権を握る大統領」の出現である、と記しています。加えて、国民の半数からは「個人の自由を奪い、国の道を誤らせた」として蛇蝎のごとく憎まれている一方、別の半数の国民からは「新しい国の父」として熱狂的に慕われている、とも著者は記しています。この章は詳細なトルコの現状報告でもあり、私が知らないことばかりで、極めて興味深い章となっております。皆さんが直に読まれることを薦めます。

 尚、この章で私が気にかかるのが、ギュレン師です。1941年生まれのイスラム教穏健派とのことですが、何故に、1999年、自らの意志でアメリカに移住し、アメリカのペンシルヴェニアで10万ヘクタールの土地に護衛を付けながら住み続けられるのでしょうか。同氏とアメリカとの関係は、何かあったのでしょうか。莫大な思われる資金、その出所は何であったのでしょうか。あるいはその背景は何だったのでしょうか。

 そのギュレン師は2002年のトルコAKP(公正発展等)の躍進にアメリカに住みながら、エルドアン(当時は首相)に手を貸し、2011年までは盟友として、トルコ国内の権力を事実上分け合っていたとのことです。そのような二人の関係が何故に急速に、あるいは徐々にかもしれませんが壊れてしまったのでしょうか。私は不思議と思う共に、ギュレン師が短期間に急速に力を得ていたと思われる、その背景も知りたいところです。

 

その3.ふたつのトルコ

 

 私自身の記憶に残すためにもトルコの歴史に付き、著者の記述を以下、紹介して参ります。

 3000年にわたりヨーロッパとアジアを結ぶ架け橋となった国、それがトルコだった。紀元前1000年ほどからヒッタイト帝国、古代ギリシャローマ帝国ビザンチン帝国、オスマン帝国などが興亡した。まさに「東西文明の十字路」に位置する国。16~17世紀の最盛期にはウイーンを包囲し、ヨーロッパ諸国を脅かしたオスマン帝国だが、軍の秩序が保てなくなると各地で反乱が起き、農村は重税で荒廃し始めた。中央政府では腐敗が始まった。その頃ヨーロッパでは海への道を切り開き、オスマン帝国の「絹の道」に頼る必要がなくなった。・・(中略)第一次世界大戦でドイツと組んだオスマン帝国は敗戦した。戦勝国によって刻々と自分たちの国が列強に分割されようとする様子を見ながら、1919年5月に、ケマルらが率いる「国民会議」がトルコ独立戦争を始める。ロシア、英国、フランス、イタリア連合国は勝利の暁にはアスマン帝国の領土を完全に分割する秘密協定を結ぶ。・・(中略)この列強の要求に完全とNOを唱えたのが、ケマル率いる独立軍だった。軍事的には圧倒的に不利な戦いだった。しかし、ケマルは「独立か、しからずんば死か」と独立軍を指揮。ユーロッパ列強と旧オスマン帝国軍、その双方と激しい戦いを繰り広げ、類い希な軍事的才能でついに勝利。(72~73頁) 

 こうして、1923年、悲願の「トルコ共和国」が成立。ケマルはまさに「建国のヒーロー」になったわけです。

 そしてケマルはイスラム教を国教から外し、政教を分離する「世俗主義」をとった。と同時にアラビヤ文字からアルファベット文字に変える「文字革命」を断行した。著者は以下のように記しています。

 彼が共和国建設の柱に据えたのは「トルコ民族主義」であり、政治と宗教を切り離す「世俗主義」だった。トルコ共和国の誕生は、イスラム教発祥の地、中東・イスラム世界で初の「世俗民主主義国家」を建設することを意味していた。トルコはイスラム社会で唯一NATOに加盟している。西洋と東洋、キリスト教世界とイスラム教世界の「架け橋」になるだろうと思われた国だった。(76頁)

 しかしながら、1938年、建国の父、ケマルの死去後、トルコは大きく変貌していきます。トルコは軍部の力は強く、またその政治は長期的に安定しません。NTOに加盟し、外国で訓練を受けた若手将校は西側諸国との格差を目の当たりにする一方、国内の貧富の格差等々からクーデターも度々起こる状況となります。そうした経緯の中で、エルドアンは1954年、イスタンブールの「中央」や「エリート」や「富裕層」とは大きく異なる下町で誕生します。そしてエルドアンイスラム教穏健派のギュレン師の影響と支援をも得ながら、イスタンブールの市長、そして大統領に登りつめていきます。エルドアンは民主主義のひとつのツールである選挙制度国民投票、更にはメデイアを巧妙に駆使し、政界、経済界、司法界等々をもその配下に置くことに成功します。

 尚、「ギュレン師は政治とは距離を置いてきたが、親アメリカ・親ヨーロッパという点でエルドアンとは価値観の違が鮮明になっていった。」(114頁)と記しています。

 そして、2016年のクーデター未遂事件が起こり、以降、エルドアン憲法改正を含め、完全にトルコを「現代のスルタン」の如く、実権型大統領への移行を加速しています。因みに2014年、エルドアンはトルコ史上初めて国民の直接投票で選ばれた大統領となりますが、クーデター未遂事件以降は徐々に言論や報道に自由が奪われ、基本的人権の抑圧を強めていく。加え、トルコ政府はアメリカ、ドイツ、カナダ、英国等海外に住むトルコ人数百名をギュレン師に関わる者として逮捕。2018年3月までには、同様にその指導者の立場にあるとした海外居住者4600名を特定し、逮捕状を出したと、記しています。

 イスラム教回帰と民族主義を強く打ち出し、中東の大国を目指す中、2015年頃からトルコの外交は政権維持のために内政が外交を規定する、内政の外交へのエロ-ジョンが顕著となり、外部に敵を創り出す政策を敷いていくわけです。このオスマン帝国の復活を目指すかのような「新オスマン主義」は、結果的に中東諸国、及びアメリカを含めたNTO 諸国、EU諸国からの距離感が醸成され、トルコは歴史的には決して友国でないロシア、加えて価値観の大きく異なる共産党独裁政権の中国に近づくことになるのでしょうか。尚、著者は本書の「あとがき」で次のように印象深い記述をしております。

 一度外の世界を見、民主主義を経験し、自由や「主権は国民にある」という権利意識を持って生きてきた8000万を超える人々を、長期にわたって力で押さえつけることはできない。一度自由な生活を味わった人間は決してそれを諦めることはないからだ。(268頁)

 方や、中国国民はどうでしょうか。一度も民主主義という制度、あるいは自由という経験したことがないのです。言論・思想を統制し、宗教も禁止し、民族も文化も異なるウイーグル、チベット等々少数民族を教化・同化と称し、人民解放軍等をもって弾圧。然もその人民解放軍という軍隊は中国共産党の軍隊と言う特殊性です。更には最近見られることは言論統制を海外まで加えている、という現実です。「香港抗議デモ・騒動」を、何か他人事のように報じている日本の現状も、そのひとつの表れなのでしょうか。あるいはメデイアを含め平和ボケという日本の深刻な現実によるのでしょうか。

こうしたトルコの現状の中、世界はどのように変化、動いているのでしょうか。

 

その4.現状の世界と日本の選択

 

 著者は最終章の第7章で、トルコをケーススタディーとして研究してきた中、現状の世界を記して行きます。

 現在世界はロシアの拡張主義と欧州の対立を軸とする「第二の冷戦」と、共産党独裁政権の中華大国の復権、私にはその歴史的背景には疑義を持っていますが、その復権を賭け、一帯一路の構想を掲げる中国とアメリカの覇権戦争を軸とする「ニューノーマル」に時代に入ったのです。尚、天安門事件以降の中国のこれほど急速な経済的台頭、並びに軍事的台頭は想定外のことであったのではないでしょうか。その中国に日本はODAの対象国として昨年までは支援金を拠出していたのです。2015年、習近平国家主席の中国の経済覇権を目指す「中国製造2025」計画が発表され、更には地、空、海、宇宙、更にはサイバー攻撃への急速な軍拡が大きな危機感をアメリカを始めとして世界に持たせるに至るわけです。

 著者は本章で、アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、イラン、中東、そしてアジアと日本の現状を述べていきます。その上で、日本のあるべき姿・日本の選択を正義感と情熱を持って記述しております。私として強く共感と賛同を覚えるところです。以下、時には省略、時には私なりの解釈を加え、少し長くなりますが紹介して参ります。

 このように変化のうねりが激しくなりつつある国際情勢の中で、日本は今どう対処していくべきなのか。トルコの現状を注視することで何を得ることができるのか。「ニューノーマル」の時代に於いて、アメリカの最大の仮想敵国は中国だが、欧州にとってはロシアだ。この認識の違いをどうすり合わされるかが、今後の米・欧の協調関係を大きく左右するだろ。残念なことに、日本にとっては両国ともに隣国である。・・(中略)どれほど日本人が「平和を愛する民族」でありたいと希求しても、現代の世界情勢は日本を巻き込まずにはおかない。警戒を怠らず十分な備えをし、領海・領空の侵入には断固として対処するなど、外交を含めて、各国へのメッセージを「正しく」送り続けることが日本の安全を守ることに繫がる。・・(中略)現在日本は「北方領土問題がある」という特殊性を主張し、ロシアとの経済協力を進めようとしている。北方四島における共同経済開発だけでなく北極圏にあるロシアのヤマル半島の液化ガス案件も進む。日本政府がどのような事態に対し、どう対処するかを見ているのは、アメリカやヨーロッパだけではない。ロシアも中国も中東の国々も、アジアの国々も、観察し、記憶している。信頼して良いのか、というクエスチョンが突きつけられているのはトルコだけではないのだ。(244~247頁)

 

 その上で、著者は次のような注目すべき見解を述べます。

 ただし、著者は米中覇権戦争が長期化する中で、中国とロシアとの連携にくさびを打つことを視野に入れるべきと考えている。欧州やアメリカ議会はロシアへのアレルギーが強い。しかし、どこかの時点で、日本とロシアとの比較的良好な関係を、この大きな構図の中で役立てる機会があるのではないか。それならば、日本は慎重に、しかし、得るべきところからはしっかりと理解を得る努力をしながら、したたかに振る舞うべきだと考える。「顔が見えにくい日本」、「何を考えているかわからない日本」のままではいけない。(248頁)

 如何でしょうか。私は深く賛同するところです。そして本書を次のような印象深い記述で本書を閉じています。長い引用になりますが、以下、ご紹介致します。

 トルコの現代政治を追いながら見えてきたことは、「選挙」と「国民投票」という、まさに民主主義の根幹であるはずの制度が、使われ方によっては、最も深く民主主義を傷つけかねないということだった。・・(中略)このような中国式監視社会を現代の世界のスタンダードにしてはならない。国民の大半を貧困の中に置き去りにして、国家だけが強力になり、国内の政府に反対する人々やマイノリティ-(少数派)だけでなく、他の国をも圧迫するシステムをこれ以上世界に広げてはならない。その「価値観」を守ることが、戦後七五年、民主主義と平和を享受してきた日本の努めなのではないだろうか。

 経済も安全保障も緊密に連携し、複雑に各国の思惑が絡み合ってグローバルな波が押し寄せようとしている「現代」を生きている私達にとって、今や距離的に近いアジアだけを見て日本という国の行く末を論じるという怠惰はもう許されない。広い視野と長期的な展望を持って、国民一人一人が国の行く末を考えることが日本の将来を決めるという覚悟が必要だ。・・(中略)理想は必要であるが、理想だけで国際平和がもたらせるとは筆者は思わない。政治も経済も軍事も外交も文化の力も全ては結びついて有機的に機能するのだ。

・・(中略)トルコをケーススダデイとして研究し言えることは、宗教が異なる国でも共に繁栄し、共存することができる、ということだ。1923年から約100年近く欧米キリスト教社会とトルコのイスラム教社会は、平和に協調してきたのだから。

 それを可能にしたのは「法による支配」だった。今私たちが試みなければならないのは、異なる体制、異なる宗教、異なる文化の間でも「共有できるルール」を模索することだ。その基礎になるべき理念は「国家は個人をより安全に幸福にするために存在する」ということ。また、国家間で全面的戦争状態に至らないためには、各国がルールを守る必要があり「国家が互いに決めた国際法を遵守する義務を負う」という二つの原則ではないだろうか。それを守る国際機関の強化も必要だ。(257~259頁)

 

おわりにあたり

 

 僭越至極ながら私なりの理解で、本書を紹介して参りました。本投稿の「はじめに」でも触れていますが、著者はその「まえがき」で三つの歴史的必然をあげ、正義感と溢れる情熱を込めてトルコ並びに世界の現状、加えて日本の在り方を述べています。私は多くの方々に読んでもらいたいとの思いです。

 また、著者は中国についても多くの記述と日本の中国に対する大胆な提言もしております。その中国の経済的、軍事的台頭は果たして歴史の必然性であったのでしょうか。異論を持たれる方もあるでしょう。

 方や、経済的豊かさが始まれば中国は民主化に進む、あるいは旧ソ連と同じように情報の共有化が進めば共産党独裁政権は近いうちに崩壊する。そうした大きな見誤りが先進諸国、とりわけ日本の、中国大好きな人々、更には日本の識者といわれる人々の中国への視点・観点に大きな問題があったのではないでしょうか。中国共産党ソ連の崩壊の過程をじっと観て、研究し、その轍を踏まないことを決意したのです。国民が幸福になるか否かは別の問題なのです。共産党そして人民解放軍を構成する幹部が豊かになることが先決との判断ではないでしょうか。共産党及び人民解放軍の幹部が例外なく莫大な財産を構築し、海外に持ち出す現状は、我々の価値観とは大きく異なるものです。如何でしょうか。

 翻って戦後の日本と中国の関係を観ると、私には何か異様というか、異質なものを感じます。中国は旧ソ連と一時は戦闘状態になった中、アメリカによるニクソンショックはありますが、1972年に日中国交正常化がおこなわれます。その後は手のひらを返すような中国の日本への対応。加えて、天安門事件後では日本は欧米に先駆けて中国に手をさしのべたのです。その後の国賓として来日した江沢民時代からは日本のメデイアの誤報もありますが、日本の教科書問題等から発生した日本の歴史認識問題を取り上げ、日中関係は悪化。さらに胡錦濤時代は当時の民主党政権の権力者・小沢一郎が率いる民主党国会議員団(100名近いのでは)を大挙して中国を訪れさせ、壇上で胡錦濤主席と全員が握手させるという実に異様な光景を想起致します。私には極めて卑屈な日本外交を感じました。更には、尖閣問題についても、その場しのぎ腰の定まらぬ対応にも問題がありますが、中国との関係は急速に悪化していきました。それが共産党独裁政権の特性であり、大きく価値観が異なることの一つの証ではないでしょうか。

 日本は共産党独裁政権中国を短期的な見地で考えてはならないのです。現在は「米中覇権を巡る争い」という面だけで捉えてはならないのです。中国との友好関係を作ることは勿論、異論はありません。ただし価値観が大きく異なる中国には、長期的展望を持って対処していく必要を強く思います。極めて厳しい世界情勢の中にあって、来年には習近平国家主席国賓として迎えるようですが、日本は戦後の中国を巡る過去の過ちを決して犯してはならない、と考えます。私は習近平主席を国賓として迎えることに、世界はどう見るか一抹の不安を抱いているのです。

 尚、著者は本書の中で、中立・公正な報道がいかに難しいも述べています。果たして、日本の報道機関はどうでしょうか。そもそも日本には報道機関というものが存在するのでしょうか、と今までも幾度となく私は述べてきました。戦前、戦中、戦後とメデイアの在り方を僭越至極ですが私なりに見て参りましたが、戦後に最も反省をすべき権力者は日本のメデイアではなでしょうか。独りよがりの正義を振りかざし、世論と称するものを造出し、時の権力を掣肘すると称しながら、時の政府政権、政治を右往左往させてきたのは、正しくメデイアです。むしろ最大の権力を持ったのはメデイアそのものではないでしょうか。そのメデイアを規制するものがないのです。幼児を別として1億数千万の人口を持つ日本は日本語が通じ、聞くこと、読むことができること。このことは以外とメデイアには大きな力を与えているようにも思います。

 因みに日本の新聞購読者がここに来て大きく減少しているようですが、読売新聞の発行部数は800万、朝日は600万、毎日及び日経は220万、産経は180万を発行しているとのこと。一方、アメリカのウオ―ル・ストーリートは211万、ニューヨークタイムズは91万、ワシントンポストは55万、イギリスのタイムズは44万、フランスのルモンドは29万、とのことです。この彼我の違いは何に依るのでしょうか。加えて、日本人には宗教心が希薄なこともあり、それに対応するものがなくなって来ており、己を規制することが難しいのかもしれません。メデイア自身、自らを規制、律するものが少なくなっているのでしょう。また、日本の「恥の文化」も消えつつあるように思います。

 方や、テレビ離れが加速しているとしていますが、現在の各局の、特に報道番組と称する、下劣極まる実態は何なのでしょうか。視聴率を上げればいい、テレビも新聞も売上を上げなければ経営が成り立たない、謂わば商業主義に毒されたものに過ぎない存在になってしまった、と私には思えます。テレビに登場する識者と称される人々、加えて何の芸があるのか分かりませんが、何故に芸能人がそうした報道と称する番組に常時、登場しているのでしょうか。私を含めてですが、多くの老人は少なからずの影響を受け、世論と称するものを形成する要因となり、時の政府政権は大きく影響受け、その対応に右往左往しているのが現実ではないでしょうか。加え、国会論議とは一体、何なのでしょうか。そうしたマスメデイアに乗っかり、実に下らない国会討論と称することに終始しているのが現状ではないでしょうか。私はすぐテレビを切ります。

 一方、極めて由々しい現実ですが、我国の若い人々の政治への関心は薄いようで、国政選挙にのみならず、実に多くの若い人々がその投票権を放棄していることです。本当に必要なことは私を含めて老い先短い老人ではなく、これからの時代を背負う若い人々の権利の行使なのです。自らの命をも賭けて投票をする海外諸国の人々との、この差は、一体どこから来るのでしょうか。選挙制度はある面では、民主主義の持つ大きな欠陥のひとつですが、平和ボケとは言え、日本国民が本当に真剣に考えなければならない重大な問題になっている、と私は考えています。

 さらに言えば、他国の、アメリカの若者が命を賭けて日本を、日本人を守るなどということは、本来あり得ないことなのです。自国を、日本人を守るのは日本人自らでなければならないのです。本論からは外れましたが、本書はそのような意味においても、若い人々が読まれるように願っております。

 最後に、私には本書を読み進める中で、意味がわからない箇所もありますが、それはひとえに私の不勉強、理解不足のためです。著者の研究、情熱と正義感に深い共感を覚えました。これからの国際ジャーナリストとしての御活躍を心より期待しております。

 

 2019年10月20日

                       淸宮昌章

参考文献

 

 海外事情(2018 11・12)(拓殖大学海外事情研究所)イスラーム圏の地政学

 池内恵「アラブ政治の今を読む」(中央公論社)

 マイケル・ピルズベリー「china2049」(野中香方子訳 日経BP)

 阿南友亮「中国はなぜ軍拡を続けるのか」(新潮選書)

 中澤克二「習金平帝国の暗号 2035」(日経新聞社)

 同「習近平の権力闘争」(同)

 安田峰俊「八九六四」(角川書店)

 デヴィッド・アイマー「辺境中国」(白水社

 フランク・デイケーター「毛沢東の大飢饉」(中川治子訳 草思社文庫)

 清沢冽「暗黒日記」(岩波文庫)

 佐伯啓思アメリカニズムの終焉」(TBSブリタニカ

 同「日本の愛国心」(中公文庫)

 筒井清忠「戦前のポピュリズム」(中公新書)

 水島治郎「ポピュリズムとは何か」(同)

 カス・ミュデ、クリストバル・ロビラ・カルトワッセル「ポピュリズム」(長井大輔、高  山 祐二訳 白水社)

 その他