清宮書房

人生の大半を過ごしたとも言える昭和を自分なりに再検討し、今を見てみようとする試みです。

佐伯啓思著『「保守」のゆくえ』を読んで思うこと

佐伯啓思著『「保守」のゆくえ』を読んで思うこと

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まえがき

 

 ここのところ、個人的事象につき、数本の投稿をしてきました。今回は本来の軌道に戻り、読書後の私の感想など記して参ります。

 

 佐伯啓思氏の著作については、今まで「淸宮書房」で「日本の愛国心」、「反民主議論」、「アメリカ二ズムの終焉」、「現代民主主義の病理」、「西田幾多郎 無私の思想と日本人」を取り上げてきました。掲題の「保守のゆくえ」は氏の『「脱」戦後のすすめ』に続く後編ともいうべき著作です。今年1月21日に自裁された氏の永年の友人である西部邁の「保守の精神」をできるだけ継承したいとの思いで書かれたとのことです。私としては、佐伯氏に僭越ながら大いに共感を覚えると共に、私のもやもやした頭をだいぶ整理整頓をしてくれた、と思っています。本書の「まえがき」で次のように記されています。

 

 本来、イギリスに誕生した「保守主義」は、人間の理性的な能力を過剰なまでに信奉し、自由の実現を無条件に肯定し、科学や技術革新を盲進して、その力によって社会を急激に変革することを求める「進歩主義」に対抗する思想であった。社会変革を求めないわけではない。しかし、変化や変革は過激で社会秩序を崩壊させるようなものであってはならない。その国や場所の歴史に離れたものであってはならないと考えるのが保守である。(4頁)

 

保守思想の基本的論点

 

 佐伯氏は基本的考えを次のように述べます。

 

 第一 冷戦以後のアメリカ主導のグローバリズムの世界規模の文明は、西洋の近代主義が切り開いたものであるが、それは、確かな価値や秩序原理を見失って混乱状態に陥っており、必然的にニヒリズムに陥るであろう。

 

第二 自由主義や平等主義、市場競争による富の増大、科学の進歩と技術革新に対する信奉と期待、即ち「進歩主義」はニヒリズムを増幅させる。従い、保守は進歩主義を牽制しつつ、ニヒリズムへ傾斜する現代文明に抗いする思想でなければならない。

 

第三 「保守」が拠り所とするのは、それぞれの「国」や「地域」で自主的に展開し、歴史的に生成した慣習や社会構造、文化や価値観であって、それを急激に変更するのではなく、漸進的であるべきである。その背後には人間の理性や合理的能力の限界という認識があるのだ。

 

第四 その帰結として、保守思想は、普遍的価値を絶対的規範として唱えるよりも、まずは国や地域に根ざした土着的で歴史的な価値を重視する。多様性の尊重がなければならない。

 

第五 その点で、日本の戦後の歴史はいささか異様なものであった。あの昭和の大戦争(大東亜・太平洋戦争)の意味づけは決して簡単なものではない。にもかかわらず、戦後日本人は、あの戦争を侵略戦争と断じて、その反省の上に戦後の価値を組み立てて、戦前の日本的なもの(価値体系、文化、社会構造)を否定した。従い、日本の歴史的伝統は、少なくとも公式的な言説においては、戦前と戦後の間に大きな断絶を作り出した。とすれば、「保守」とは「戦後」を疑う思想でなければならない。「戦後」を象徴する憲法を疑うのも当然の帰結であろう。

 

 第六 日本の「戦後」はポツダム宣言に示されるアメリカの戦争観・歴史観によって礎石を与えられ、事実上アメリカが制定した平和憲法日米安保が戦後日本の「統治体制」の基本的な枠組みとした。日本はアメリカ的思想(自由主義、民主主義、歴史観、国際関係論、市場経済)の圧倒的な影響下におかれ、日本の歴史的伝統を排除した。この意味で、戦後日本の対米関係やアメリカの文明に対する批判的認識なくして日本の「保守」はありえない。

 

 第七 保守主義とは一部の国の指導者やエリートだけのものではない。自国の伝統的な価値や文化の上質のものへの尊敬と、それを守るという日常的な営みによって支えられる。それは他国の愛国心を認めた一定の愛国心を伴う。即ち、保守とは一部の階層や集団の専売特許ではなく、自国の歴史的伝統や自国の自立に対する国民的な関心と関与によって支えられるものであろう。

 

 第八 日本の保守は日本の伝統を重視する。その伝統は固定的にとらえるものではない。古代から続く自然観・死生観・宗教観があり、それは大陸から輸入され日本化された仏教、儒教、更には中世から近代において様式化された美意識と西洋の影響のもとに定着した日本なりの合理主義や科学的思考がある。即ち、保守思想は意識の表層に現れている価値や思想だけでなく、無意識の層に堆積された価値へと目をむけなければならない。

 

「近代日本のデイレンマを忘れた現代日本の楽園」

 

 そして、戦後という時間の不可思議さとして、「われわれであることの矜持」とまではいかなくとも、「自国性」ともいうべきものへの問いかけがなくなってしまった。「平和主義」のなかで経済成長を目指すという、戦後のわれわれの共通の経験が、われわれを他国からの脅威に直面するなどという事態から隔て、われわれはほとんど「楽園」のなかいにいるようにみえる。1952年にアメリカの占領政策が終わり、本当の意味での「戦後」になった後も、日本の国土と国民の生命の安全を米軍に委ねるという「準占領政策」は続いている。明治との大きな違いは、「近代化」と「(準)植民地化」を戦後日本は無条件で歓迎したことになる。

 

 福澤諭吉が唱えた「一心独立、一国独立」どころではなく、彼の近代日本の危惧は現実の悲劇へといたる。即ち、近代日本のデイレンマは日本のなかに亀裂をもたらし、亀裂のなかから生み出された軍事的な冒険主義と、「日本的精神」への回帰は、最終的には大東亜・太平洋戦争の特攻へと行き着いたのである。

 

 現実は大方の政治家も知識人も「暗黙の植民地化」を歓迎した。保守派の政治家はどこか躊躇しつつも、日米同盟こそが日本の国益だと自らを納得させた。一方、進歩派知識人は、日本がアメリカの準植民地であることなど全くふれもせずに平和と民主の戦後日本を賞賛して、フェイク・ニュースの片棒を担いだ。その知識人も今や、何をすればよいのか、誰も確信をもって述べることはできない。その知識人に代わって、各種の「専門家」と称する人々が登場し、政治の場面(マスメデイアも含めて)で「専門知識」を披瀝する現状である。そこには、近代を生み出した「個人の内面」への希求はもはやない。われわれは、改めて、日本のたどった「近代のデイレンマ」へと目を凝らし、近代化やグローバル化のなかにおける「日本人であること」の意味と葛藤を問い直すほかないだろう。

 

 私の下世話な感情になりますが、テレビの報道番組と称する中に頻繁に大学教授、あるいは評論家、いわゆる専門家と称される人たちが、何の芸能があるのか分らない芸能人達と頻繁に登場します。以前であれば、専門家は、あやふやな世論形成に荷担する番組には躊躇、もしくは人としての矜持として断ったと思うのですが、嬉々として登場しているように私には見えます。このような不思議な現象はいつ頃から始ったのでしょうか。私はそのような報道番組と称するテレビは実に不愉快で、即切ります。

 

 元に戻しますが、佐伯氏は本書で、「価値の喪失」、意味ある生とは何か」、「歴史について」、「国民国家のために」の章へと展開していきます。今回もその全てを紹介するのではなく、今の世相というか、日本の状況に鑑み、私が共感、感銘を覚えた点を取り上げて参ります。

 

1.戦後の精神の空洞化 団塊の世代

 

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 小林秀雄が「歴史とは上手に思い出すこと」と述べているが、70歳前後のいわゆる団塊の世代が鬼籍には入りつつある。そして、その子供たちが社会の正面舞台に躍り出てきている現在、果たして団塊の世代はいかなる先行世代の遺言を受け取り、それを、自らの経験にてらして、どのように次の世代へと受け渡すだろうかが問われる。ただ、その作業をとてつもない経験の当事者でありすぎる戦争世代に求めることは不可能なのだ、との指摘です。私はその団塊の世代とは少し年齢が高いわけですが、はっとさせられます。省略しておりますが、佐伯氏は次のように記しております。

 

 団塊の世代的責任は、その人生の収支決算が、同時に戦後日本の収支決算と重なり合うという特異な構造を持っている。この世代の人生の回顧が同時に、少々大げさにいえば、戦後日本の歴史的意味を表現するという作業と無関係ではありえないのである。

 

 団塊世代の精神的空白、精神的空虚感はそのまま戦後日本の軌跡と重なり合い、その背後には「歴史観」という問題がある。その歴史観の空洞の中心にかって大東亜戦争と呼ばれた「あの戦争」があり、それに続く「戦後」がある。その場合、困難の中心になるのは、「戦後」が「あの戦争」に引き続いて生起したという点なのではなく、「戦後」が「あの戦争」によって生起させられた、という点である。ポジテイブな意味でもネガテイブな意味でも、「戦後」を生み出したのは「あの戦争」の敗北なのである。したがって、「戦後」の自己解釈は「あの戦争」についての了解と不可分なのだ。だがその了解がなりたつためには、戦争世代から受け継がれ、語られてきた経験が共有されるだけでなく、その経験の諸断面を一定のイメージにまで構成して、共通の物語の高めるという、共同の想像力が要請されるのである。

 

 この作業こそが、戦後第一世代に与えられた課題だったはずだが、彼らはその責務をまっとうできなかった。戦後第一世代には「戦争を知らない子供たち」という特権が与えられた。つまり、団塊の世代とは、「あの戦争」と「戦後」の断絶の上に生み出された世代だった。そして言葉を失った第一世代の空虚感とは、その子供たちの登場とともに、必要な責務をまっとうしえないままにもはや「戦後」が過ぎ去りつつあるのではないかという焦燥感でもあろう、と記しております。

 そして、その焦燥感は中国などの反日運動といった事態に遭遇したときに表面化する、と記しております。如何思われるでしょうか。私としては納得するところです。

 

2.中国の対日歴史観

 

 中国は、靖国や歴史教科書を取り上げ、日本は「正しい歴史観」を持っていないという。中国には、日本の侵略と虐殺を言えば全てが正当化されるといわんばかりの思い込みがある。いまだに「あの戦争」なのである。果たしてその歴史観はどこからくるかといえば、それはアメリカなのである。

 

 そもそも、日本を侵略戦争のかどで告発したのは当のアメリカであった。東京裁判において人道に対する罪から南京大虐殺にいたる「日本の侵略性と残虐性」を世界に知らしめようとしただけでなく、日本の侵略によって開始された「太平洋戦争」は、日本の一方的な罪過から自由・民主主義文明を守る戦いであったと主張したのはアメリカであった。アメリカは一方で、「太平洋戦争」という言い方によって、大東亜戦争がアジアを舞台とした日本と西洋の戦争であるという日本人の意識を切り捨て、それをファッシズムと自由・民主主義の戦いという抽象的な歴史観に置き換えると同時に、・・(中略)この戦争を満州事変から始る「十五戦争」とみる立場も示した。両者を組み合わせれば、アジアに対する日本の侵略を自由や民主主義との戦いの名においてアメリカが制裁したという「正しい歴史観」になる。(59、60頁)

 

 端的に言えば、あの戦争は、日独伊のファシズムによる平和的で民主的な国家への侵略であった。ファッシズムは、勝利するはずがない。自由や民主主義を守る戦いにアメリカは勝利し、日本の錯誤に対しては道徳的な裁きと民主化の教化が必要なのだ、とうことです。

 共産党中国は東京裁判の当事国でも、サンフランシスコ条約の参加国でもないし、又中国が自由と民主主義の為に戦ったわけでもなく、共産党の中国は戦争に勝利したともいえないであろう。ただ、中国政府の反日戦略は、単にアメリカによる東京裁判史観という「正しい歴史観」をそのまま利用しただけである。

 日本の戦後という年月は、果たして、アメリカによるこのような歴史観の捏造を忘れ去るにたるだけの時間なのであろうか。「戦後」とは侵略国家日本の近代化であり文明化である、というアメリカ産の歴史観によって見事に染め上げられたのである、との指摘です。皆さん、如何思われるでしょうか。

 

 「戦後日本が、自前の歴史観を持つとはいわないまでも、西欧の啓蒙的進歩主義近代主義を通俗化したアメリカ流の解放史観に対してほとんど抗するすべを持ちえなかったとろに、今日の日本の無残な姿と世論の混乱があるというべきであろう。」(62頁)、と記しております。私は賛同するところです。

 

3.無・意味化

 

 ニヒリズム状況の「意味の喪失」のなかでこそ、かってない「意味の氾濫」が生じる、と氏は指摘します。即ち、あらゆるものが、にぎやかに、あわただしく自己宣伝と自己主張を始める。内実があろうとなかろうと、何かがあるように宣伝し、広告する。すべてのものに確かな意味がなくなる時代は、あらゆる無意味なものが意味を喧伝する時代となる。「意味の無意味化」はまた、「無意味なものの意味化」である。昨今の日本でこそ、そうした状況が現れ、とりわけその光景は政治とメデイア、特にテレビメデイアを巡って顕著で、この十年ほどの間に、おぞましいまでの勢いで、もはや誰にも制御不能までに一気に噴出している。

 

 その発端は小泉純一郎政治の登場によって、従来の政治手法が変化した。即ち、小泉氏は経済財政諮問会議のような学者、専門家、経済人などの民間人による方針が打ち出される。そして挑発的なやりかたで、自民党の「抵抗勢力」や「官僚」らによる「抵抗」をひきだす。その上で「改革」対「抵抗」というイメージを作り出してマスメデイアに訴え、世間の支持を調達する。重要なものはマスメデイによる支持の調達であるが、それが意味のある議論にもとづくものであれば、その手法は悪くない。ただ、80年以降のポストモダン的な価値喪失のニヒリズム文化にどっぷり侵された日本社会のなかで「意味ある」議論を期待する方が無理なのだ、との指摘です。

 

 現在、大きく変貌するかのヨーロッパ。そして朝鮮半島においては、非核化の統一国家ができるか否か、問われているにもせよ、反日思想が強い国家出現の可能性が更に強まる朝鮮半島。そして、その背後には新たな軍事・経済大国の全体主義の覇権大国化を更に強める中国。加えて軍事大国のロシアの動き。このような状況にあるにも関わらず、日本の現状はどうでしょうか。また、近々の問題としては、朝鮮半島統一国家が出現の結果、朝鮮民族の人々が祖国の再建の為に帰国するより、むしろ祖国から日本を含め他国への脱出する人々が圧倒的に多くなるのではないでしょうか。中国についてもそうした脱出の現象は現在よりも更に強まりましょう。尚、日本を脱出し他国に逃れる日本人はいないことはないでしょうが、極めて少ないでしょう。この落差は何なのでしょうか。

 

 いずれにもせよ、これからの朝鮮半島における状況は、日本に極めて厳しい現実を突きつけると考えます。そうした諸々の危機が深まる可能性が極めて強いなかで、現在の国会における忖度問題等々が報道のメインを占めている現状は、日本が楽園にあるかの如き、平和ボケの典型的状況ではないでしょうか。どこかの国がこの日本の現状を喜んでいるのではないでしょうか。それは目に見えている、と考えますが。

 

 氏は次のように述べています。重要な指摘なので紹介致します。

 

 テレビは本質的に「無・意味」なメデイアである。これは、個々の番組が「無意味」である、ということではない。そうではなく、テレビは本質的に世界を断片化し、統一性を解体し、真理性を担保せず、視聴者に対して、感覚的で情緒的で単純化された印象を与えるものだからだ。それはテレビメデイアの構造的な本質なのである。そこにはよいも悪いもない。われわれは何よりもまず、この種の「無・意味化」へ向かう大きな流れの仲に投げ込まれていることを知らなければならない。この現代文明の構造から抜け出すことはたいへん難しいとしても、そのことを自覚することが不可欠なのだ。私には、欧米の民主政が、やはり同様な構造を持った視覚メデイアにさらされながらも、日本と比してまだしもかろうじて健全性を保っているのは、この種の自覚と自戒の有無にあるように思われるのである。(90頁)

 

4.ポツダム宣言の呪縛

 

 「2014年9月、10月の論壇は、とりわけ保守系ジャーナリズムは朝日新聞攻撃一色になった。いわゆる従軍慰安婦報道の誤報を朝日が認めたからである。朝日が弁解の余地もない失態を犯したことは疑いもなく、ジャーナリズムとして致命的といわねばない。」(159頁)そうしたことに関連し、佐伯氏は次のように重要な指摘を展開していきます。

 

 この構造が朝日新聞及びそれに追随する朝日的サヨクをして、自らをもっとも権威ある言論人とみなすことを可能とした。・・(中略)彼らは概して自らを知識階級に属するとみなす。この自己陶酔的な特権化を可能としたのは、日本国民である限り、戦後民主主義と平和主義に対しては、誰もが「公式的」には正面から反対できないからである。ここに朝日新聞の持つある種の権威主義と同時に驕りが生じる。・・(中略)あの侵略戦争への反省、懺悔と改悛、そして民主と平和という「正しい」戦後の実現、という「物語」の公式化が、進歩的知識人という、戦後日本に特有の奇妙なカテゴリーを生み出したのである。(161頁)

 

 民主主義においても、人は、全てを論じうるわけではない。タブーは存在するのである。だからこそ、戦後民主主義は自らを特権化できたのであった。なぜなら、彼らは、自らが依拠する価値への反論は許さないからである。自らを批判する言論を封鎖したのである。戦後民主主義を正当化するあの公式的な物語に対する批判を封鎖したのである。したがって、戦後民主主義は、ある種の言論封鎖の上になりたっていた。自らの立場への言論を排除した上での言論を排除した上での言論の自由を唱えることの欺瞞が、戦後民主主義をいかにもいかがわしいものにしていたのである。今日では、この言論封鎖は、「政治的正義」や「公式的記憶」(世界記憶遺産などというものまで登場する有様だ)、差別用語の使用禁止、放送禁止用語などという形をとっている。民主主義はまさしく全体主義を内包しているということになろう。

 

(中略)しかし、問題の本質はその先にあって、侵略戦争に対する反省によって誕生した民主と平和の戦後というあの戦争を公式化したのは、戦後日本そのものであったのである。別に朝日とサヨクだけのことではない。少なくとも、公式的には、政府は常にその見解を表明してきた。自民党も大半のいわゆる保守派も、この公式的物語を受け入れたのである。占領政策の一環として制定された戦後憲法を受け入れ、サンフランシスコ条約によって平和主義路線を維持できたことをよしとし、この平和憲法のもとで日米同盟を確保してもっぱら経済成長を追求することこそが日本の国益である、という。いわゆる保守派の現実主義とはおおよそこうしたものである。・・(中略)日本は確かにポツダム宣言を受け入れた。それを受諾することで戦争を終結させた。しかしその背後に横たわっている歴史観・戦争観まで受け入れたわけではない。・・(中略)結局、われわれは、様々な悪に対して自由、民主主義の正義が勝利し、それが世界化するというアメリカ型の歴史観を信じてはいない、ということになる。とすれば、ポツダム宣言の背後にある歴史観まで受け入れたはずではないのである。(162から166頁)

 

 如何でしょうか、私は今日の混迷する世界の現状、並びに、日本の憲法9条改正を巡る世論の現状を見るに、私はその通りと思います。

 

5.「八月十五日」と近代日本の宿命

 

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 1945年8月15日に、日本は降伏を決め、9月2日に正式に降伏し占領が始り、戦争が正式に終結するのは1952年4月28日であった。「8月15日」は事実上戦争が終わったと見てもかまわない。終戦の日としてかまわないが、そこから「戦後」が始ったわけではない。ましてや、丸山眞男のいう「復初の説」のように、「八月十五日」こそは、日本の戦後の民主主義や平和国家への第一歩であったなどというわけにはいかない。これは当たり前のことではあるものの、そのことを口にすること自体、稀であった。別に封印されていたというわけではない。何となく忘れ去られてしまったのだ。そこにわれわれの「戦後教育」の奇矯さがあると、指摘しております。

 

 結果的にみれば、占領によってなされた、憲法や民主主義や教育改革や経済改革やそしてなかんずく侵略戦争史観など、もろもろの「アメリカ式改革」は、サンフランシスコ条約でむしろ固定化し、既成事実となってしまったからである。サンフランシスコ条約は、一方では確かに日本の名目上の「独立」を保証したものの、それは占領政策の実質的な確認でもあった。そして、今日、われわれは、あの戦争は、ドイツや日本による侵略戦争であり、英米の民主主義への挑戦であった、というアメリカ的歴史観をほとんど疑いもなく受け入れてしまった。(195頁)。

 

 そしてあの戦争は近代日本にとっての国民的な悲劇であったと続き、『林房雄の「大東亜戦争肯定論」を全面的に肯定する必要はないとしても、これをまた全面的にさけることもできないであろう。ロシアの南下や英仏の接近から始まり、ペリーの黒船来航で決定的になった「東亜百年戦争」という歴史観を退けることはできない。問題は「東亜百年戦争」のはらむ矛盾にあり、その悲劇性にある。』(195,196頁)との見解です。すなわち、日本近代のほとんど宿命的な帰結であり、西洋列強からの圧力のなかで自立をはかった日本の近代化は、それがまさしく成功したがゆえに列強との対決をもたらすという宿命的な矛盾である。ここに近代日本の悲劇がある。そして、

 

 西田哲学のもとに参集した京都学派の学者にとって、日本的精神の核心は、西田のいう「無の思想」だったからだ。そしてここにどうにもならない京都学派の敗北が予定されていた。・・(中略)私には、大東亜戦争へいたる道程とその敗北は、ほとんど予定されていたかのように見えてしまう。それは、大東亜戦争は、近代日本の宿命的な矛盾のほとんど必然の帰結であり、ここで運命などという言葉は使いたくないものの、ほとんど歴史の「運命の如きものと」さえ見えるのである。(200、201頁)、と第三章・「歴史について」の最後に記しております。

 

 私は昭和の時代が、魔法の杖がぽんと叩いて魔法の森にしてしまった、との史観には頷けません。佐伯氏の歴史観・思想には多くの異論もあるでしょう。ただ、日本憲法を不磨大典の如き扱い、憲法論議、いわんや9条の改正などは全く論議以前のことで、現在の日本国憲法は絶対的存在、いわば戦前の天皇神格化と同じになっている現状です。世界が大きく変貌し、更にその傾向を強めるなか、こうした日本の現象は、世界的に見ても極めて異様・特殊なことではないでしょうか。私は本書における佐伯氏の歴史観、及びその指摘に共感を覚えるのです。

 

 今回も何か急ぎ過ぎ、私の理解不足は否めず、単なる私の断片的な感想に終わっております。是非、本書をお読み頂ければと思います。

 

 2018514

                          淸宮昌章

 

参考図書

 

 佐伯啓思『「保守」のゆくえ』(中公新書ラクレ

 同   『「脱」戦後のすすめ』(同上)

 同   「アメリカニズムの終焉」(中公文庫)

 同   「西田幾太郎」(新潮新書

 同   「日本の愛国心』(中公文庫)

 西部邁「保守の遺言」(平凡社新書

 吉田満「散華の世代から」(講談社

 三谷太一郎「日本の近代化とは何であったか」(岩波新書

 潮匡人司馬史観と太平洋戦争」(PHP新書

 他