清宮書房

人生の大半を過ごしたとも言える昭和を自分なりに再検討し、今を見てみようとする試みです。

改めて・ズビグニュー・ブレジンスキー著「ブッシュが壊したアメリカ」を思い起こして・・【後編】

  第三章・「先代ブッシュの負の遺産」(湾岸戦争の勝利の立役者が残した禍根)では、先代ブッシュの任期はユーラシア大陸の激動期にぴったりと重なっていること。有能な外交官でもあり、又勇敢な戦士でもあったが、先見のないリーダーであったと分析しています。即ちソ連の崩壊には冷静に対処し、またサダム・フセインクウェート侵略にも見事に対処したという、ふたつの「勝利」を得ながらも、戦略面からはアメリカが持つ政治の影響力と道徳の正当性はロシアの改革にも中東平和にも生かされなかった。必要なことは優先事項を明示し、今日や明日ではないもっと先の未来に視線を据え、はっきりとした方向性を打ち出した後に、方向性に沿った行動をとることだった。パレスチナ問題と湾岸戦争を中途半端に終わらせたツケは先代の後継者達に取り付いてはなれず、アラブの人々はアメリカの役割を、革新を促す力の供給源ではなく、殖民地時代という忌まわしき過去の再生装置と見做すようになったこと。1992年当時、ばら色の「新世界秩序」から手垢のついた帝国主義秩序へと変わってしまっていた、と述べています。

 

 第四章・「グローバリゼーションを妄信したクリントンでは前任者と異なり、クリントンは世界に対するビジョンを持っていた。即ち能天気とも言うべきグローバリゼーションに内在する「歴史決定論」は、アメリカが自らを必要欠くべからざる国と呼ぶために、自らを内側から再生していかなければならないという彼の深い信念と合致し、外交は内政の延長であったと述べています。

 

 一方、彼の外交の政策決定プロセスを複雑化させた原因を次のように述べています。

 

 一元的且つ楽観的な世界観を唱えたこともあり、議会やマスコミ、ロービー団体が定期的なプロパガンダ活動を通じ「アメリカの今年の敵」と呼ぶべきものをつくりあげた。即ちリビアイラク、イラン、中国などを槍玉に挙げ、各国からもたらされるであろう危機を強調した。客観的安全をめざす強大なアメリカというパラドックスと、現実となった冷戦の勝利と主観的危機を正当化するための大悪党捜しは、恐怖がすくすくと育つ肥沃な土壌をととのえ、最終的に9・11後の状況をつくりだした。(108頁)

 

 結果的には核問題で北朝鮮に振り回され、核拡散も阻止できず、地球温暖化問題を放置、ルワンダの悲劇を傍観しながら、親イスラエルに傾いた外交が中東におけるアメリカ観を大転換させ、アメリカに対する政治的宗教的敵意を高めてしまったとの指摘です。

 

 端的に言うと、第二代グローバル・リーダーは、歴史に偉大な足跡を残しそこねた。独りよがりの決定論と、人格上の欠点と,強まり続ける国内政治の縛りは、彼の善意だけでは克服できなかったのだ。未完かつ脆弱なクリントンの遺産は、2001年、正反対の教義を信じる後任者に受け継がれたのである。(157頁)

 

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 続く第五章・「現ブッシュの破滅的なリーダーシップ」のなかで、ブッシュ大統領は前任者二人とは大きく異なり、半世紀近く育んできた大西洋共同体の絆を手放してしまい、ほどなく国際世論から袋だたきにあったと痛烈な批判です。ブッシュは自らを「断固とたる決意と、明快のビジョンと深い信仰」の持ち主と見做し、新たなる善と悪との戦い・・彼は孤独な十字軍の闘いと呼ぶかもしれない・・に挑もうとしていた。9・11後、ブッシュの戦略、換言すれば「テロとの戦争」の戦略とは、ペルシャ湾石油権益を確保続けたい昔ながらの帝国主義的願望と、イラク抹殺によってイスラエルの安全を確保したい、というネオコン主義的願望の結晶であると言い切っております。

 

 イラク戦争の最も重大な影響は、アメリカのグローバル・リーダーシップが信用を失ったこと。第二はテロへの脅威へ向けられるべき資源と関心をすべてイラク戦争に注ぎ込み、地政学的悪影響を振りまいてしまったこと。第三はこの戦争がアメリカに対するテロへの脅威を増大させてきたこと。更に反イスラムのにおいのするテロとの戦争はイスラム世界の言論を反米で一致させ、次々とテロリスト達を生み出すものにしてしまった、と指摘しています。ネオコンの信条を以下のように述べ、第五章を閉じています。

 

1.中東を発生源とするテロ活動はアメリカに対する根深い怒りが虚無主義となって現れたものであり、特定の政治紛争や歴史とは関係ないこと。

 

2.中東の政治文化、とりわけアラブの政治文化は、何よりも力に敬意をはらう傾向があるため、地域問題を解決するには、アメリカの軍事力を直接投入しなければならないこと。

 

3.選挙に基づく民主主義は外部から強制した場合でも機能しうる。

 

 この信条をブッシュは信じ、第三代グローバル・リーダーとしてのブッシュは歴史的瞬間を誤って解釈し、わずか五年のあいだに、地政学上のアメリカの地位を危険水域まで低下させ、アメリカ合衆国を危機に陥れた。

 そして冒頭にも紹介した最終章、第六章「アメリカの次期大統領と最後のチャンス」に至るわけです。其の中でグローバル・リーダーとして有効な活動を行なうための条件を次のように記しています。

 

1.今の時代をどうとらえるかという歴史感覚が、アメリカの国民と合致し  

ていること。

2.地球規模の脅威をどう定義するかという価値観が、世界における政治・社会的変化の気質及び特質と合致していること、を挙げています。

 

 更にアメリカは歴史上重大なふたつの失敗をおかした。即ち1.冷戦後に一人勝ちの状況が続く中で、共通の世界戦略に集中して取り組む大西洋共同体を確立できなかったこと。2.イスラエルパレスチナ問題に対して必要な行動をとらなかったことです。もしアメリカが決然たる態度を示し、アメリカとEUが共同でかつ公平な妥協案を示していたら、イスラエルパレスチナも和平を受け入れていただろうとしています。アメリカが金儲けに左右されない外交政策をとり、アメリカ型社会の欠陥、即ち物質主義に裏付けられた自己中心性、国民全体が共有する世界に関する無知ぶりを反省することが、何としても必要としています。アメリカはヨーロッパと生きていかなければならないし、ヨーロッパもアメリカを必要とする。そうした中、アジアで孤立を深める非西欧の民主主義国の日本をできれば韓国も米欧間の主要な協議に組み込んでいくことが必要と記しています。

 

 其の背景にはロシア、中国、インドが結びつくことで、もっと明らかな反米同盟が出現する可能性を見てとるからです。日本がNATOと連携するほうが極東におけるアメリカの軍事プレゼンスが日本を通じて高まる場合よりも、あるいは日本自身が単独で軍備の増強を進めていく場合よりも、中国が抱く警戒感は少ないとの見方です。

 

 こうした見解には多くの異論もあるでしょう。しかし、地政学の権威で、アメリカでも影響力のある著者の見解は心に留めて置くべきと私は考えていました。

 

 世界の「政治意識のめざめ」は歴史的に反帝国主義であり、政治的に反西欧であり、感情的には反米である。政治意識のめざめの標的にされる危険を回避したいなら、人間の尊厳を世界中に広められるのはアメリカだけ、という認識を確立しなければならない。(勿論、政治と社会と宗教の多様性に対する敬意をもつことが前提となる。)人間の尊厳はさまざまなものをもたらす。自由と民主主義のみならず、社会正義も、男女平等も、文化と宗教が複雑に入り組んだ世界の現状に対する敬意も、(中略)だからこそ、外部から押し付けられた性急な民主化は、ことごとく失敗に終わるのである。自由と民主主義を根付かせるには、きちんと段階を踏み、内部から育てあげるしか方法はないのだ。(236頁)と訴えています。そしてG8はもはや時代遅れで、アメリカと日本と拡大大西洋共同体は、中国の我慢強さと用心深さ、いわばその余裕の時間を利用して中国を世界システムの中に取り込み、グローバル・リーダーシップの一翼をになわせなければならない、と最終章に述べています。

 

おわりに

 

 何故、本書を今になって取り上げ読み返したのか。疑問というか時代錯誤と思われるかもしれません。中国が大国への復活を進めるなど、地政学的にも大きく変動した現実に、日本は一国平和主義に安住しているとしか思えません。本来的覚悟を持たぬ、あるいは持てぬ者のひとりとして、著者の見解、指摘に私は改めて考えさせられたところです。

 

 方や巷では、外交でことを進めるべきとの、声もあります。今から5年前になりますが、元駐フランス大使の矢田部厚彦氏が「外交力と軍事力」の中で、外交とは何かを述べています。即ち外交力とは政治指導者の先見性と権威、外交官集団の優秀性と忠誠心、そして総合的・長期的な国益がどこにあるかに対する世論。公衆の理解力と判断力の三要素に集約される。この三本柱のどれが弱くても、十分な外交力を発揮することはできない。だが、もっとも重要なこととして強調しなければならいのは、この三要素を支えるものが、その国の社会の近代性と基礎的文化水準に他ならない。外交とは、文化である。つまるところ、外交とは国民精神の対外的な文化表現なのである、と喝破しています。

 

 現国会で論議が全く噛み合わない、意味のない安全保障関連法案審議をみていると政党とは何か、議員とは何かを考えさせられます。時には野党議員に見られる品格を欠いた質疑に、もとよりそれを求めることが無理なのでしょうが嫌悪感を覚えます。そしてマスメデイアによる誘導された世論と称するものに右往左往する現状に、過去を想起し、暗澹たる気持ちになります。

 

 2015年9月14日

                             清宮昌章

追補

 

 アメリカはその後、前オバマ大統領、そして現トランプ大統領と代わる中、欧州も大きく変貌しております。変わらないのは、今や世界第二位のGDPを誇り、中華大国への復活を目指す共産党独裁国家、しかもその価値観も国民への関与の在り方も大きく異なると思える中国です。ブレジンスキーが本書で、「中国を世界システムの中に取り込み、グローバル・リーダーシップの一翼を担わせることだ」と指摘しておりましたが、その可能性は如何でしょうか。

 

 アメリカではなく、日本にとって北朝鮮の喫緊の現状もさることながら、ユーラシア大陸を制するロシアより、中国の動向こそが今後の日本にとって大きな脅威というか、課題と私は考えております。歴史事実とは異なる概念の、中国による「歴史認識」を日本が持つことを執拗に迫り、日本を利用しながら日本外しを計る中国。更には沖縄には同情と微笑を続けながら、尖閣諸島と同じように、近い近未来に沖縄を核心的利益と唱える可能性も充分ありましょう。

 加えて、韓国においては、反日教育というより「侮日教育」を一貫として受けてきた世代が国民の多数を占めるに至っております。従い、韓国並びに韓国人としても日本、更には日本人への対応も、今後も変わることはないでしょう。

 

 残念ながら中国及び朝鮮半島の南北二国との友好関係を日本が構築することは極めて難しく、数世紀を要する解けない課題なのです。中国、ロシアをバックに朝鮮半島を中心とした新たな経済圏を模索している、との文韓国新大統領の発想も私は頷けます。日本の現状は地政学的面においても極めて不安的な位置にあります。従い、ブレジンスキーの観点・指摘とは異なりますが、氏が本書で述べている「日本は新たな道を求めることが必要である」、との見解に私は別な意味で共感を覚えた分けです。

 

 方や、現在のマスメディアに見られる、ただただ現安倍自公政権を倒せば良いかの如き、一国平和主義的思考に私は極めて大きな危機感を持っております。毎回の投稿でも付言しておりますが、戦前、戦中、戦後において依然として報道は自らの責任を問わない、負わない、そのマスメディアの在り方。そして、そのマスメディアにより、大きく影響を受ける世論と称するものに、時の政権が大きく左右されてきたことも昭和の歴史です。言論の自由を挙げ、時の権力・政権を掣肘するとは主張するものの、それは独りよがりの正義感で、その実体は単なる商業主義に毒されたものに過ぎないと考えます。ただ、ここに来て、マスメディアによる報道、あるいはその取り上げ方に、不信感を持ち、信頼を置かない人々、層が増えてきているのも、新たな現象といえるでしょう。

 

 このブログを開いて頂ければわかりますが、本稿に続き、筒井清忠近衛文麿」他、一連の昭和史に関わる投稿をしております。意義があるかどうかは分りませんが、日本の現状、さらには今後の日本を観る上では、少なくとも昭和の歴史を自ら再検討する必要がある、と私なりに思っています。

 

 2017年9月28日

                     淸宮昌章

参考文献

  峰岸博「韓国の憂鬱」(日経プレミアシリーズ)

  櫻井よしこ呉善花「赤い韓国」(産経セレクト)

  呉善花侮日論」(文集新書)

  中澤克二「周近平の権力闘争」(日本経済新聞出版社

  海外事情 2017・9

  他