清宮書房

人生の大半を過ごしたとも言える昭和を自分なりに再検討し、今を見てみようとする試みです。

日韓、日中の関係(相互の嫌悪感)・・・地政学的な危機(その1)

 

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はじめに

 

 ここ数ヶ月の現象として、マスメディアを中心に「戦後70年」をことさら意味深いが如く取り上げられています。その観点は何なのでしょうか。何処に視点を当てようとしているのでしょうか。私は違和感を覚えています。

 

  20世紀が戦争の時代とするなら、この21世紀を後世は何と表現するのでしょうか。21世紀の始まりをなにか象徴するかのように、2001年9月11日のアメリカにおける同時テロが起こりました。第一次世界大戦パクス・ブリタニカが終焉し、続き1970年代から始まるパクス・アメリカーナの衰退、あるいはブレトンウッズ体制の破綻もしくは行き詰まりによるものなのでしょうか、新たなIS問題も発生し、先行きが全く読めない、地政学的にも動乱の世紀に入ったように思います。

 

   国連の常任理事国の中国がその大戦後の取り決めというか、変更を主張するかのごとく、陸、海洋、空、宇宙、サイバーへの進出を図っています。アヘン戦争以前の、かっての大国への復権を目指すとしか思えない中国の力による変更は、いわば自然の流れ、歴史の帰結なのでしょうか。尚、中国の外相は先の国連総会でイスラム国の出現もアメリカを中心とした欧米諸国が行なってきた政策の結果であり、その解決は他国への協力を仰ぐのではなく、アメリカ自身が自ら行なうべきとの主張をしております。

 

  一方、ロシアもウクライナ問題然り、自らの政権への危機感の一つの表れなのか、ソ連崩壊前の大国への復活とも取れる行動を起こしています。これも当然の歴史の推移なのでしょうか。いずれにもせよ拒否権を持つ国連常任理事国の5カ国の内、その2カ国が他の常任理事国とは別のスタンスを強めていることは、今の国連の由々しき現実であり、国連の存在そのものが問われているように思います。国連は果して機能して行くことができるのでしょうか。この機能不全の現状は短期的ではなく長期に亘るように私は思えます。

 

  斯様な課題に直面している中、私は新たな発見とも言うべき三谷太一郎著「人は時代といかに向き合うか」、同「学問は現実にいかに関わるか」に巡りあいました。私なりに精読をするとともに、再読になりますが、著者が言及されている田中美知太郎「時代と私」、同「自分のこと、世界のこと」をあわせ読み進めました。以下、私が共感を覚えるところ、あるいは雑感を記してみたいと思います。

 

ナショナリズムを超える理念

 

  政治史家の三谷太一郎氏は「今日要請されているのは、このような冷戦後の国際政治の変化に対応する国際秩序の確立である。それは冷戦後20年を超えた今日においても、依然として未完の課題に止まっている。その要因は、世界的な傾向としてのナショナリズムを超える理念の不在と『国益』に固執する短絡的な『リアリズム』であろう。当然のことながら、理念のないところに新しい現実はあり得ない。理念によって導かれ、はじめて現実は形成されるのでる。・・(中略)冷戦後の日本においては、国際政治秩序の概念として、冷戦下の『パクス・アメリカーナ』によりながら、その機軸を『日米同盟』の強化に求める傾向が強い。つまり冷戦下の日米安保条約の軍事同盟化の発想である。しかし仮に日本の『安全保障環境』を最優先とする立場に立つとしても、それは冷戦後の国際政治の多極化という現実に適合したものでなければならない。すなわちそれは少なくとも中国や韓国を含めた東アジア諸国にとって最低限受任され得るものであることが必要である。今日、第一次大戦後の多国間条約の発想を欠かすことはできない。」(人は時代といかに向き合うか 28頁)、と指摘しています。

 

  そうした指摘には共感も覚えるのですが、果して日本に対する中国、韓国の現在の在り様を考えた場合、極めて難しく、中国、韓国への対応は日本が長期に亘り対処していかなければならない、いわば世紀を超える課題である、と私は考えています。日本側に歴史認識を云々される両国の現実に対し、安易に妥協することは日本の将来に大きな禍根を残すと私は考えます。

 

歴史認識とは何か

 

  三谷太一郎氏は「学問は現実にいかに関わるか」の中で、著者が2002年5月から2005年6月までに行なわれた「日韓歴史共同研究委員会」の日本側座長としての経験を踏まえ、日韓の歴史認識について次のような指摘をされています。

 

  歴史認識には様々なレヴェルがあり、「第一になにが問題なのかという、WHATのレヴェル。・・(中略)この点の問題意識は問題の重要度の違いには完全に一致していたとはいえないが、問題意識は日韓の研究者間で共有されていたと思います。・・(中略)第二に事実認識のレヴェル。つまり、ある問題はWHO(だれを通して)、WHEN(いつ)、HOW(いかにして)生じたか。事実関係についての認識です。このレヴェルでの歴史認識も、日韓では大きなギャップはなかったと思われます。・・(中略)最も重要なのは、第三のレヴェルの歴史認識です。ある問題がなぜ(WHY)生じたのかを問う歴史認識。日韓の間で一番不一致が大きかったのがこのレヴェルです。たとえば、日本の植民地統治の下で事実としては高度の経済発展があり、開放後の経済発展の基礎になっている、ということは韓国側も事実として認めている。そういう植民地化統治下の経済成長を『植民地近代化』と言いますが、では、なぜそれが生じたのかという問題では日韓が一致いない。大きく言えば、韓国はなぜ植民地になったのかという点については一致しない。この最も学問的な歴史認識において、最も大きなギャップがあったと思われます。そしてそのことが、歴史認識上の事実関係をどう意味づけるのかに関する見解の相違を生み出している。

  ただ、この第三のレヴェルの歴史認識が不一致であることは、それほど憂うべきだとは思いません。ある意味では当然だし、健全であるとさえ言えるのではないか。そういう学問的な歴史認識の不一致を国際問題化、政治問題化しないことが研究者に求められており、日韓歴史共同研究の意義は、其処にあるのではないかと感じました。」(同書 34、35頁)

  そして今一番欠けているのは「相互尊重」で、「相互理解」では共同研究はできず、遺憾ながら日韓の間にはそういうものがあまり顕著ではなく、それが最大の問題である、と指摘されておりました。

 

では現状は

 

  現在の朴大統領に時代に入り、この歴史認識問題は極端に悪化し、とても解決に向かうとは思えない状況に追い込まれたと思います。日韓関係は最悪の状況下にありますが、その解決に際して、日本が安易な妥協をすることは日本の将来に大きな禍根を残すと私は考えます。中国及び韓国の政権が現安倍政権を歴史を顧みない、軍国主義者と断定するが如き対応は度を越しているのではないでしょうか。しかし、そうした度を越す状況を生み出すひとつの要因が日本側にもあるように思います。自らは安逸な場所で生活を享受しながら、歪んだ正義を執拗に主張し続ける知識人と称される人々、加え無責任なテレビキャスター、聞きかじりの知識としか思えないコメンテエイター。残念ながら、それらに影響を受ける大衆といった日本側自身の状況にも要因があると私は考えています。更に加えれば、韓国は中国の動向に大きく影響される、あるいは影響されてきた地政学上の長い現実もあると考えます。

 

  国際環境は地政学的にも大きな変化しており、21世紀はますます先行きの分からぬ激しい動乱の時代に突入した、と私は考えています。皆さん、いかが思われるでしょうか。東アジアだけでなく、大きく変貌しているこの世界情勢の中にあって、日本の進むべき、ないしはとるべき道はどうあるべきなのか、我々は決して座しているような状況下ではありません。戦争反対を叫んでいても平和が訪れることもなく、戦争を防ぐこともできません。

 

  では自分自身はどうか。残念ながら平和ボケの私は相変わらず、日常を安易に過ごしている現状です。忸怩たる想い、もどかしさを感じております。

 

2015年4月13日

                        清宮昌章

 

(参考資料)

三谷太一朗「学問は現実にいかに関わるか」(東京大学出版)

同氏著「人は時代といかに向き合うか」(同出版)

海外事情平成26年6月;旧ソ連圏の動揺、同7、8月;オバマ大統領の来日後の日米関係、同9月;日本と朝鮮半島

選択平成26年6、7、8、9月号

日経新聞経済教室「強まる地政学リスク;チャールズ・キング、星野俊也池内恵

丹羽宇一朗「中国の大問題」(PHP新書)