清宮書房

人生の大半を過ごしたとも言える昭和を自分なりに再検討し、今を見てみようとする試みです。

再び・澤田克己著「韓国『反日』の真相」(文春新書)を読んで

f:id:kiyomiya-masaaki:20151214184308j:plain

 

再投稿にあたって

 

 この1月18日、約二年前の投稿ですが、木村幹著「日韓歴史認識問題とは何か」に加筆し、再投稿しました。日韓合意の問題が生じたこともあるのでしょうか、お陰様で多くのアクセスを頂き、私の50編近くに及ぶ拙稿の中、注目記事の一位に取って代わりました。その木村幹氏が直近の文藝春秋三月特別号で、「慰安婦合意反故『韓国という病』」との表題の下、韓国について極めて注目すべき見解を発表されております。韓国、朝鮮半島の研究者の第一人者である木村氏の見解です。「日本は民主主義や法と正義について正反対の考えを持つ韓国とどのように付き合っていけばいいのか」等々です。僭越ながら共感を覚え、省略になりますが、以下ご紹介致します。

 

 まず認識すべきことは、文在寅政権にとって、慰安婦問題の優先順位は決して高くないこと。そしてその日韓合意の事実上の「棚上げ」をしたのが今回の「新方式」であること。従い、日韓合意は生きており、日本は今後もこれまで通り日韓合意の履行を粘り強く求めていくこと。一方、韓国のその「新方式」に日本が一切協力しなければ、韓国は「日韓合意の精神が失われたので日本が事実上慰安婦合意を破棄した」との韓国側のロジックの可能性もあること。そして、もうひとつの時限爆弾は韓国政府が8月14日を「慰安婦の日」と決めたこと。その日に、日本政府が何をするのか、しないのかが次の焦点であるとのこと。

 

 方や、日韓関係に関して、韓国が何のアプローチもしてこない政権はかってなかった。ある意味では歴代政権で、日本を最も軽視している政権が現在の文在寅政権であること。日韓関係はこのまま膠着状態で構わない、そもそも今の韓国政府には、日韓関係を改善する積極的な意志がないこと。日韓関係は双方がお互いを必要とした時代が終わり、気が付けば協力する理由さえ見つけられなくなっている、と思っていること。現在の韓国では、そもそも日中を比較する発想自体が存在しないこと。米中二カ国が圧倒的に重要で、北朝鮮問題で存在感を発揮するロシアがその次。日本はそこから、ずっと後ろであること。ただ、韓国が日本に対して最も恐れているのは、日韓合意へと韓国を追い詰めた日本のアメリカに対する影響力。日本そのものは怖くなくても、日本がアメリカを動かして米韓関係が悪化すれば大変との認識であること。

 

 アメリカ及び国際社会を引き続き、引きつけていくことが日本にとって最重要な取り組みであること。ただ、そのアメリカも今や自国ファーストなので、日本を離れ韓国に接近することもありうること。従い、日韓合意を生きたものにするには、アメリカと国際社会を味方にする不断の外交力が、これからも極めて重要なこと。

 

 如何でしょうか。1965年日韓基本条約が結ばれようとも、又どんな条約が結ばれようとも、それを遵守するとの観念は韓国には生まれてはこないのです。条約を含め、法と正義への観点は日本とは異なる為でしょう。中国とは又別の視点になりますが、一般大衆の時々の正義という観点から、法・条約は無視される傾向が強いのが韓国の現実なのでしょう。

 

 下記投稿は、今から2年ほど前の2015年3月2日、日本の外務省による韓国を紹介するホームページで、従来の「我国と、自由と民主主義、市場経済等の基本的価値観を共有する重要な隣国」という文言から、「我国にとって最も重要な隣国」へと変えた際の事象に、私が投稿したものです。先月18日に再投稿したものにも関連しますので、改めて見直し、ここに再投稿した次第です。

 

2018年2月13日

                         淸宮昌章

 はじめに 

 

 新聞報道によれば、今月の3月2日付で外務省は韓国を紹介するホームページ上の記述を更新し、「基本的価値を共有する」との文言を削除したとの報道。即ち、韓国との2国間関係を紹介する項目で「我国と、自由と民主主義、市場経済等の基本的価値を共有する重要な隣国」だった部分を「我国にとって最も重要な隣国」とした、とのことです。さっそく韓国の主要メディアがこの削除を取り上げ4日、一斉に報道したようす。
 

1.日本のマスメディア

  私はここで、この日本の報道記事そのものについて問題視をしているわけでありせん。また、韓国のメディアがそれを取り上げることも、それは自由と考えています。ただ釈然としない私の思いの要因は日本のマスメディアに対するものです。臭いものに蓋をせよということではなく、戦前も戦後も我々は日本のメディアに躍らされてきた過去があると考えているからなのかもしれません。一方、過去も現在も我々がマスメディアから全く自由で、影響を受けないでいることは極めて難しく、永井荷風他、孤高の大人しか出来ないことなのかも知れません。 

 現在、戦後70年ということで、新聞紙上あるいはテレビで東京大空襲等々の特集を組み、当時の日本を取り上げていますが、私はなにやら違和感を覚えています。誰かに戦争責任、敗戦責任を押しつけ、自らは何らの自責の念も感じられず、惨事があたかも突然訪れたような、他人事の、したり顔で済ましているように私には思えるわけです。思い過ごしでしょうか。日頃、目にする一連のマスメディアのとり上げ方に違和感を覚えているのですが、日本のマスメディアの体質、否あり方は戦前・戦中、戦後そして現在、何か変わったのでしょうか。

 偶々、さくら舎が山本七平「戦争と靖国問題」との表題で、単行本が昨年1月に発刊し、私は今年1月に一読いたしました。その3章「忘れられた戦争責任」の中で、「戦艦大和ノ最後」を著した吉田満の文章を載せています。尚、吉田満は昨年自費出版した拙著「書棚から顧みる昭和」(言の栞舎)の「まえがき」にも触れているように、私にとっては僭越になりますが多大な影響を与えた方です。山本七平が「散華の世代」の吉田満による臼淵大尉の最後の言葉、「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ・・・」を引用し載せています。山本七平の同書を読み進めながら、自分は偉そうなことは言えないなと、自省しているところです。

2.基本的価値とは

  本題の「基本的価値」に戻しますが、この数年の韓国政府等のありようから見ても、日韓両国の間に於いて「基本的価値」が共有されているとは私にはとても思えず、むしろその文言を捉え、問題なるかの如き記事にすることを私は不自然に思うわけです。 

 毎日新聞のソウル支局長の澤田克己氏が「韓国『反日』の真相」(文春新書)を今年1月に著しました。そのあとがきで「人間というのは、訳の分からない相手により強い反感を抱くのではないか。韓国のしていることが理解不能だから、余計に反感が生まれるのだろう。そう考えるならば、私たちが『韓国にうんざりする背景』を探る試みにも、それなりの意味があったのではないか」と、記されています。

  韓国に造詣の深い同氏の試みは、ある面では分るのですが、私は韓国あるいは韓国人を理解し、共通の価値観を持ち、歩を前に進めようという感情にはならないわけです。むしろ同氏の分析・指摘が正しければ正しいほど、韓国との関係改善は気が遠くなるほど難しい、との想いが強まるのが私の心情です。

 

3.正しさとは何か

  澤田氏は本書の中で韓国が主張する「正しさ」とは何なのか、について解説されています。日本語での「正しさ」は韓国語では「オルバルン」に当たり、その「オルバルン」が登場する場面から共通して感じ取られることは、「啓蒙」や「道徳性」であり、この「オルバルン」という言葉には、「こうあるべきだ」という方向性が強く内包されている、と分析されています。そして、その道徳主義は法に対する意識にも直結し、道徳と法の領域が厳然と区分されず、むしろオーバーラップしており、それは日本社会の法に対する意識とは違い、この食い違いが日韓の相互理解を難しくしている。否、むしろ本当の問題は、そうした食い違いの存在を認識していないことなのではなかろうか、との指摘です。 

 加えて、では韓国では何故に「正しさ、なにが正義か」が常に問題となるのかについて、小此木政夫慶大名誉教授の言を以って、「近世までの朝鮮は経済的に豊かでなく、軍事的に強大でもなかった。中国の儒教文明の強い影響下におかれたこともあり、『何が正しいか』という名分論で自分達の正当性を主張するしかなかった。中国との関係では、力ではかなわないから、論理的な反論をする以外方法がない。それが『正しさ』を追求する伝統を生んだのではないか。」(本書50頁)、と記しております。 尚、同教授はその道徳性が前面に出てきた契機は1987年の民主化だろう、と述べています。

 

41987年の韓国の民主化

 韓国の民主化が始まり、道徳性が前面に出てきてから早や30年を経てきたのに関わらず、客船セウォル号沈没事故、大韓航空ナッツリターン事件及びその裁判等々の事象は何故に次々と生じるのでしょうか。私にはとても理解できない韓国の事象です。韓国でいう「何が正義かという道徳性」が何故に国民に浸透しないのでしょうか。その道徳性という、その観点自体に問題があるのではないでしょうか。否、道徳性という観点への私の理解不足、あるいは誤解があるのでしょうか。 

 私の高校生時代からの友人で、昭和史に造詣が深く、早稲田大学時代には慶応大学の夜間に通い韓国語を学び、今でも韓国の新聞の日本語版(朝鮮日報中央日報、東亜日 報、ハンギョレ新聞)をあきれながら読んでいる、という畏友がおります。

 本年1月30日のメールで畏友いわく、「日本の現代史と表裏の韓国を理解しようと言葉を勉強したのですが、結局韓国の新聞(当時は日本語版がなかったので苦労した)の『韓国内の矛盾の淵源はすべて日本統治にある』という論調に嫌気がさし勉強の気力を無くしました。今は、この非論理的なテンション民族の考え方を変えるのは無理だと、さじを投げる思いです。日本としては、事実に即した主張をしたり、謝罪する。言いがかりには屈しないとうことです。」とありました。畏友の指摘は韓国の民主化以前の時代の実感から導き出されたものですが、私としても共感を覚えるところです。

 2015年3月14日

                          淸宮昌章

 

 繰り返しで恐縮ですが、2015年3月18日、朝鮮半島の専門家である木村幹氏著「日韓歴史認識問題とは何か・・歴史教科書・『慰安婦』、ポピュリズム」(ミネルバ書房)について、私なりの感想を交えながら、別途、紹介いたしました。そして、2018年1月18日に加筆し、再投稿しております。合わせ一覧頂ければ幸いです。

 2018年2月13日 

                       淸宮昌章

(参考図書)

    澤田克己「韓国『反日』の真相」(文春新書)

 永井荷風断腸亭日乗」(古典教養文庫

 山本七平「戦争責任と靖国問題 誰が何をいつ決断したのか」(さくら舎)

 原彬久「岸信介証言録(中公文庫)

 他

 尚、2018年1月に小倉紀蔵「朝鮮思想全史」も一読しましたが、とても難しいとの 印象でした。